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『剣遊記[』

第三章 三枝子とひなワシ。

     (13)

 簡単に穴を掘って埋めただけだが、崖の下に急ごしらえの墓がふたつ作られた。

 

 これで小枝を結んでこしらえた十字架がなければ、ただ土を盛り上げただけにしか見えない程度の、小さなお墓が。

 

「ごめんばいね☹ こげな粗末なお墓しか出来んかったと……☹」

 

 三枝子がふたつの墓の前にひざまずき、両手を合わせて拝んでいた。

 

 墓の中に埋められているのは、イヌワシ夫婦の死体であった。また、その前で拝む三枝子が携帯している肩がけの小物袋には、両親を失った二羽のひなワシが収められていた。

 

 これは決して、このようなときのために、用意をしていたわけではなかった。だけど動物を入れて持ち運びをするには、けっこう便利な入れ物でもあった。

 

 ただ二羽とも、親の死を理解など、できるはずもないだろう。いつもと同じで餌を求めるためか。小物袋の中で鳴き続けているだけ。その声に応えるかのようにして、イヌワシの供養を終えた三枝子が、小さな肉の切れ端を右手でつまんで、一羽一羽の口の中へ、丁寧に入れてやった。

 

 この肉は、親ワシがつかんでいた野ウサギを、三枝子と清美たちで解体したものだった。

 

「さ、食べんしゃい☺ これはあなたたちのお父さんとお母さんが、あなたたちに食べさせようとしてた肉なんやからね……☂」

 

 二羽のひなワシは先を争うようにして、三枝子が与えた肉片を、ノドの奥へと流し込む。

 

「さて、これで気が済んだね♠」

 

 三枝子の一連の行動を見守り続け、墓作りも手伝った清美が、これを頃合いと見たらしい。うしろからそっと声をかけた。

 

 清美だけではなく、孝治や荒生田たちも三枝子がやりたいようにやらせ、すべての行動に協力をしていた。

 

 清美と同じく、墓作りから崖の上にいたヒナの保護までも。

 

「ええ……皆さんに手伝どうてもろうて、ほんなこつ感謝ばしちょります☺」

 

 鷲の墓の前で三枝子が膝を上げて立ち上がり、孝治たちに向けて頭を深く下げた。それから清美が尋ねた。

 

「で、その鷲んヒナ、いったいどぎゃんする気ね? まさかっち思うとやけどねぇ……✈」

 

 これに三枝子は、キッパリと答えた。

 

「はい、あたしが育てます☆」

 

「やっぱね、そぎゃん言うっち思うたばい☻」

 

 親ワシを瞳の前で殺され、激怒する姿を見せた三枝子である。従ってこのような展開を、ある程度予測していたのだろう。清美が深いため息を吐いた。

 

「でもぉ……鳥のヒナば育てるなんち、とっても大変ちゃよ♋ それもイヌワシのヒナやなんち……✍」

 

 友美も心配顔を、三枝子に向けていた。大自然の中で育った友美は、幼少のころから山や野原の鳥や虫たちと親しんでいた。これは孝治もよく知る、友美の生い立ちである。しかしだからこそ、自然の厳しさや残酷さも、身に沁みて実感をしているのだろう。

 

 だけど友美の言葉を聞いてもなお、三枝子は頭を横に振るだけでいた。

 

「大変なんはわかっちょりますけ✍ それも今はフェニックスば見つけんといけん大事なときに……でも、やっぱ親ば失のうたこん子たちばほって行くなんち、あたしは絶対できんとです✐ たとえ一時の感傷や言われてもやね……♠」

 

「でもぉ……☁」

 

「まあ、よかやない☀ 三枝子さんの好きにさせんしゃい☆ それになんちゅうたかて、おれたちゃこん子たちの親が死ぬ現場ば見てしもうたんやけ☞」

 

 まだなにか言いたそうだった友美を、孝治はやわらかめの口調で引き止めた。

 

「それに三枝子さんかて動物の育て方ばよう知っちょうようやし、この旅ん間、おれたちも協力すりゃあええことなんやけね☺」

 

「う〜ん、孝治がそげんまで言うとやったら、それでええっちゃね☆」

 

 友美もこれ以上、異を唱えるのをやめにしてくれた。その代わりなのだろうか。孝治の右の耳に口を寄せ、そっとささやきかけてきた。

 

「でもやねぇ☻ どげんして孝治は三枝子さんの肩ば持つっちゃろっか? もしかして孝治は外身は女ん子なんやけど中身は男ん子なもんやけ、三枝子さんに惚れちゃったと?」

 

「うわっち! ちゃ、ちゃうばい!」

 

 孝治は慌てて、ブルンブルンと頭を大きく振り回した。あとで大きな頭痛を感じたほどに。

 

 しかも、今の友美の声が超小声のささやきだったのが幸い。もしも涼子に聞かれでもしたら、絶対にここぞと突っ込んでくれるところであろう。友美もそれなりに、気をつかってくれた――というところだろうか。


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