『剣遊記閑話休題編T』 第二章 離れ小島の海の家。 (4) 「へぇ〜〜♡ おふたりは恋愛で結ばれたんばいねぇ♡」
「ひゅ〜〜♡ ひゅ〜〜♡」
『恋愛』なる単語を耳に入れてしまえば、若い娘たちが黙っているはずはなかった。すぐに彩乃を先頭にして未来亭給仕係一同から、一斉に囃しの口笛が鳴らされた。
「い、いやあ……そげなカッコええもんやなかばい……☁☂☃」
「こればやめさせてやぁ……朋子ぉ……☆★☆」
高須稔と吉志桃子夫婦の顔が、たちまちのうちにそろって紅潮化した。これはやっぱり、朋子の冷やかし話が真実の証明なのか。
「恋愛かぁ〜〜、それって絶対ええぞなもしぃ〜〜♡」
船乗りであり、現在遠洋航海中である恋人――脇田永二郎{わいた えいじろう}を思い出したのであろう。桂がうらやましそうな顔になって、自分の左隣りにいる由香にささやいていた。すると由香も、今は遠くにいる裕志を思い浮かべたらしい。やはりしみじみとした感じで、桂につぶやき返した。
「あたしにもわかるっちゃねぇ……そん気持ち……♡」
そんなところで、スキュラとはかなり外観が異なるものの、やはり下半身が陸上動物のヘビであるラミアの真岐子が親しげに――または馴れ馴れしく、桃子に話しかけた。
「桃子さんもわたしとおんなじっちゅうか、ばさらか(筑後弁で『とても』)近いっち言える種族なんですねぇ♡ わたしなんか、やっぱしばさらか親近感ば湧いちゃうとですよぉ♡」
片や長くて太い大蛇の胴体。それからスキュラは、足の代わりに頭足類の触手である風采。見かけはかなり違っているが、両者お互い、相通じるモノがあるのだろうか。
「ふふっ♡ 仲良うしましょうね♡」
今現在の時点において、真岐子の真の恐ろしさ(超長話)を知らないであろう桃子が、優しい笑みを彼女に返した。ところがこの笑みが、すぐに後悔へと変わる事態になった。
「はい、もちろん! それでこれは、わたしの師匠から聞いたお話なんやけどぉ、世の中には体の半分ば動物と共有しちょう人間は多かとですけど、中でもいっちゃん多数派なんが、わたしたちみたいにヘビと合体ばしちょう人種なんやそうですばい✐ それも特に女性の魔性がヘビと共通すっからと、師匠はおっしゃるとですけど、これだけはわたしかて、『ほんなことね?』と思うちょうとですよ✄ これって桃子さんは、どげん思いますぅ? わたしは確かに、魔性の点では賛成げな思いよっとですけど、自分自身と照らし合わせてみたら、なんかこれが甚だ疑問ごたるんですよねぇ〜〜✍ やけん、自分で言うとも変っち思うとですけど、我ながら明るか性格ばしちょうもんですけん、まだまだきょう初対面ばしたばっかしでなんやけど、桃子さんもどちらかっち言うたら、えらい明るか性格そうですよねぇ♡ これかてわたしと共通ばしちょうかも♡ それから……」
「まずいっちゃ! 真岐子ん口ばふさがんとぉ!」
またしても――と言うか。やっぱり始まった長広舌に危険を感じ取り、孝治は慌てて、真岐子の取り押さえにかかった。
「きゃん!」
「大変ばい!」
由香たちも総出となって、真岐子の長い胴体に飛びかかった。それからみんなでどっこらせとかつぎ上げ、そのついででせまい島内を、端から端まで全員で眺め回した。
「高須さぁん! 更衣室ってどこですかぁ!」
由香の問いに朋子の叔父が、面喰らっている顔になって応じた。
「あ、ああ……小屋の裏側にあるとばってん……☛」
「はい! ありがとうございます!」
「ちょっと待ちんしゃいよぉ! わたしまだまだ訊きたかこつがばいあるとばってぇーーん!」
そんなジタバタしている真岐子をかつぎ上げ、全員で更衣室まで疾走。孝治も協力したのだが、長くて太い大蛇の体型なだけあって、真岐子の体重はかなりのもの。おまけに桃子は、予想もしていなかったであろうラミア少女の長話寸前に、瞳がうつろになりかけていた。しかし症状が軽いうちに、なんとか気を取り戻したようだ。自分の右横に残っている姪{めい}の朋子に、ポツリと尋ねていた。
「み……皆さん、ずいぶん愉快そうなお友達やねぇ……いつもこげなんね?」
「え、ええ……☂」
朋子も冷や汗たらたらのご様子。その粒をたくさん砂浜に落としながら、引きつった笑みで叔母である桃子に応えていた。
「ほんにゃこつ……いつもこうにゃんです……☂」 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |