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『剣遊記閑話休題編T』

第二章 離れ小島の海の家。

     (3)

「魔術で冷やした麦茶しかなかとやけど、これでよかやろっか?」

 

「おばしゃん、おひさしぶりにゃんでっす☀」

 

 トレイに麦茶を淹れたコップを人数分載せて持ってきた『おばしゃん』に、朋子がこれまたのご挨拶。すぐにおばしゃんも、遠い親戚によく有りがちな明るく――それから定番的なお返しで応じてきた。

 

「あらぁ! 朋子ちゃんも大きゅうなったもんたいねぇ〜〜♡」

 

 孝治は思った。おばしゃんとは言われているが、彼女も一見をしたところ、かなり若い感じがした。それなのに、朋子の成長を喜んでいる様子から考えるに、実はけっこう年配なのではなかっちゃろうかと。

 

(こん人……ほんとの歳{とし}って、いくつやろっか?)

 

 孝治のこのような疑問には、次に述べるような理由があった。

 

 このおばしゃんは、朋子とは血の繋がった一族――と言うわけではなさそうだ。たぶん血が繋がっているほうは旦那であって、彼女はそのお嫁さんなのだろう。ただしおばしゃんは、上半身こそまったくふつうの割烹着とエプロンを着用しているものの、下半身は人ではなかった。強いて言えば、マーメイドである桂と、かなり近い種族と言って、差し支えはないのかも。

 

「見てん……あん人……☞」

 

 おばしゃんの年齢その他を謎と感じている孝治の右耳に、友美がこっそりとささやいた。孝治は友美に応えた。

 

「うん……実はおれも驚いとうと……✐」

 

「朋子のおばしゃんって……スキュラ{海妖人}なんやねぇ……✑」

 

 これは孝治の思いとまったく同じ。まさにそのとおり。友美が言うところのスキュラとは、数かる亜人間{デミ・ヒューマン}の中でも、その容姿の奇抜さではピカ一の存在であろう。なぜならおばしゃんの下半身――少なくとも腰の辺りまではまったくふつうの人なのだが、そこから下は全然違っていた。それは二本の足の代わりになんと、八本(もしかして十本)の海棲軟体頭足類の触手{テンタクルズ}が伸びている姿なのだ。

 

 それらをクネクネと動かしながら、おばしゃんは極めてスムーズに、地上を歩いているわけ。

 

 おいしゃんはどこからどのように見ても、完全にふつうの人間。そんなおいしゃん夫婦がいかにも仲睦まじくしている前、孝治は事情を知っていそうな朋子を、そっと左手の手招きで呼び寄せた。

 

「あの奥さん……スキュラみたいっちゃけどぉ……旦那のほうは、実は亜人間ってことはなかっちゃろうねぇ?」

 

 朋子はこれに、あっさりと答えてくれた。

 

「人間にゃんよ☀ 種族違いの結婚やにゃんて、別に珍しいことやにゃかやない♡」

 

「その点は納得✍」

 

 孝治はコクリとうなずいた。確かに恋愛の話において今の時代。種族の壁など、とっくに誰もが乗り越えているものだ。だけど孝治は、もうひとつの疑問についても、朋子に訊いてみた。

 

「まっ、その点は納得やけど……ワーキャット{猫人間}である朋子とは、いったいどげな親戚関係ね?」

 

 この質問に朋子は、今度は眉間にややシワを寄せるような顔になっていた。

 

「孝治くんも、けっこう疑い症にゃねぇ☠ やけんさっきから『おいしゃん』っち言いようにゃよ♨ 血縁関係はあたしのお父にゃんの弟にゃの♐ ちなみにあたしのお母にゃんがワーキャットにゃんよ✌ ええ機会にゃけ、みんにゃに紹介したげるにゃよ♡」

 

 ここで朋子が、麦茶を飲んでひと息吐いている由香たち一同に向け、これまた大きな声で呼びかけた。

 

「みんにゃあ! ちょっと注目しにゃってやぁ! こん人あたしのおいしゃんで、名前が高須稔{たかす みのる}さんって言うにゃんよぉ♡ そしてこれから先が重要にゃんにゃけどぉ、熱い恋愛の末に結ばれたおばしゃんがぁ、吉志桃子{きし ももこ}さんって言うにゃーん♡ どうかみにゃさん、よろしくにゃあ♡♡」

 

(各話で何度も説明をしていますが、この世界は夫婦別姓です。 作者より)


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