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『剣遊記番外編T』

第二章 逆襲! 山賊団。

     (5)

「いったいどないしはったんどすか? 千秋ちゃん……☢」

 

 美奈子も微笑みの気分をいったん帳消しにして、そっと小声で千秋に尋ねた。すると千秋は、声を押し殺した感じで答えてくれた。

 

「こらあかんで師匠……この小屋、取り囲まれとうで☠」

 

 千秋は早くも、美奈子を『師匠』と呼んでくれた。しかし今は、それについてコメントしている場合ではなかった。

 

「そ、それはほんまでっか?」

 

 まさかと思いつつ、美奈子は慌てて入り口の右横にある小窓から、外の様子を覗いてみようとした。だがそれよりも早くだった。バアアアンッッッと木材で造られている入り口の扉が、外側から乱暴に蹴り飛ばされた。さらに松明{たいまつ}を片手に持った男たちが、ドカドカと何人も乱入した。

 

「きゃああああっ!」

 

「ああん! 千夏ちゃん、怖いさんですうぅぅぅ!」

 

「なんやぁ! おんどれらはぁ!」

 

 そのあまりにも突然なる狼藉三昧に、美奈子と千夏は、そろって悲鳴を上げた。だけど千秋は勇敢にも、隠し持っていたらしい短剣を、野伏風衣装の懐から、サッと左手で持ち出した。

 

 しかしよく見れば、乱入者はいずれも、美奈子の記憶にある顔がほとんどだった。まあ、おぼろげな記憶ではあるのだが。

 

 すなわち、昼間壊滅させたはずである、山賊団の面々。

 

「へっへっへっへっ! 三人でなんしとんか知らへんけど、仲良う声を出しておもろそうなこといっかどしよるもんやさけぇ、おめえらを簡単に見つけ出すことができたってもんやで☻☻」

 

 今いやらしく笑った男は、鱏毒とか名乗る、山賊団の親分に間違いなかった。

 

「お、おまいさんらは……捕まっとったんやなかったんどすか!」

 

美奈子は鱏毒に向かって叫んだ。さすがに親玉の顔は、簡単に忘れていなかったので。

 

これに鱏毒は、床にペッとツバを吐きながらで答えた。

 

「わいらが簡単に、こんまんま衛兵に連れてかれる思うたら、冗談やあらへんで! あんな捕まり方ぐれえ、それこそちょちょいのちょいで逃げたるわ♨」

 

それから美奈子、千秋、千夏の三人を舐めるような目線で眺めつつ、舌を出してうそぶいた。

 

「それにしてもやなぁ、魔術師ともあろう女が幼女趣味やったとは、こりゃほんま人は見かけによらんもんやでぇ♋」

 

「な、なに言ってまんのやぁーーっ!」

 

脱走山賊親分は、とんでもない誤解をしたようだ。美奈子はこれに、我も忘れていきり立った。だけど小さな水車小屋の中で、幼い姉妹となにか楽しんでいる状況を一見されたわけである。これでは話がそちらの方面へ向かう流れも、それはそれで仕方がないのかもしれない。

 

「おっと! 動いたらあかんのやで!」

 

このとき、憤慨している美奈子の背後から、別の男の声がした。

 

「えっ?」

 

美奈子は背中に冷たいなにかを感じながら、恐る恐る振り返った。見れば鱏毒の子分が千夏を捕え、ノド元に短刀を突きつけていた。

 

「あ〜〜ん! 千夏ちゃん、捕まっちゃいましたですうぅぅぅ!」

 

「な、なにしてまんのや!」

 

ところが定番の人質状態に、美奈子も反応ができないでいるうちだった。

 

「千夏になにさらすんやぁーーっ!」

 

なんと姉の千秋が短刀男に、いきなりの飛び蹴りを喰らわした。

 

「ぐげぼっ!」

 

飛び蹴りをまともに顔面に喰らった山賊は、前歯の破片を撒き散らしながら、そのまま小屋の壁(ベニヤ板)をバゴオオオンッと突き破り、すぐ下を流れる小川に転落した。

 

ドボォーーンと水しぶきが壁の外に上がり、山賊どもは一瞬、怯んだ格好となった。

 

「な、なんや! こんガキャーーっ!」

 

親分の鱏毒も、思わずであろうが一歩退いた。

 

驚きは美奈子も同様であった。

 

「なんや、千秋ちゃん……えろう強うおますんやなぁ♋」

 

しかし千秋が新たに短刀を構え直したとおり、状況はまだ美奈子たちに不利だった。それは千夏が再び、別の山賊の囚われの身となったからだ。

 

「師匠、褒めるんは千夏を助けたあとにしてんかぁ!」

 

「ああん! 千秋ちゃん、ごめんなしゃいでしゅうぅぅぅ!」

 

「こんガキぃ! おとなしゅうせんかぁーーい!」

 

「やかましいわぁ! 千夏をいじめるやつはずえったい許さへんのやぁーーっ!」

 

千夏を捕まえた頭に黄色いタオルを巻いた山賊に、千秋がまたも飛びかかろうとした。その寸前だった。

 

「全員でこの小娘を抑えるんやぁーーっ!」

 

「おおーーっ!」

 

鱏毒の号令一下。他の山賊どもが一斉に、千秋に集団で襲いかかった。それもあっと言う間の、上からののしかかり。

 

「な、なにすんのやぁ! 重いやないかぁ!」

 

 千秋はたちまち、十何人もの男たちによって下敷きにされた。それこそ小娘である千秋ひとりに、全員でよってたかって抑えつけたわけである。美奈子の怒りは、一気に頂点へと達した。

 

「なにしまんのや! か弱く……はあらへんけど、女子{おなご}に向かってこの仕打ち! 恥ずかしいや思いまへんのかいな!」

 

 だがこれにて、千秋も千夏も完全なる人質状態となったわけ。たとえ魔術を駆使しようにも、このような状況では、それこそ手も足も出せない事態である。それでも美奈子は山賊どもをにらんで、精いっぱいの虚勢を張った。

 

「こないにかいらしい幼児を人質にしはるなんて、天はもちろんうちかて絶対に許しまへんのやでぇ!」

 

 ところが美奈子の今のセリフに反応した者は、山賊どもよりもむしろ、双子姉妹のほうだった。

 

「あんなぁ師匠、千秋と千夏は十四歳なんやで☹ そやさかい、幼児やなんて言わんでほしいわ★」

 

「そうですうぅぅぅ♡」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 千秋と千夏からの予想外の文句に美奈子だけではなく、この場にいる者全員が、見事に目玉をまん丸とした。なぜなら美奈子は無論であるが、恐らく山賊どもも双子姉妹を見た目の判断だけで、十歳以下の幼児だと思い込んでいたらしいからだ。

 

 特に宴会の席からずっといっしょにいた美奈子の驚きは、他の者たちよりも尋常ではなかった。だからすぐ、現在の危機的状況を完全に眼中外として、思わず千秋と千夏に尋ね返した。

 

「ふたりとも……十四歳やったんかいな?」

 

 千秋が男どもから抑えられ、下敷き状態のままで美奈子に答えた。

 

「当ったり前やの通天閣や✌ 千秋と千夏は双子なんやさかいに、今年の夏にそろって十四歳になったんやで✋✋✌✌」

 

 不利な状況をまったく気にしていないかのように、えへんと鼻で笑った感じになって。

 

 これにて水車小屋の中を一時的にだが、沈黙と真空感が支配した。


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