『剣遊記11』 第二章 グリフォン救済計画。 (8) 「へぇ〜〜、ほんこん(千葉弁で『本気で』)厳しいでぇ〜〜ん♐」
依頼人の宣言を聞いた浩子が、頭を大きく上下に振って感心していた。
そんなハーピーとは対照的。泰子の反応は、これまたいつもどおりに冷静だった。
「たすかに餌付{えづ}けされた動物は、もう野生に帰すのがよいでねえだぁ☁ だげんどあんたに徹底すんのも、これはこんたに立派なもんだべぇ☠」
「まあ、檻の中のグリフォンなんどしたら、うちの関心事ではありまへんけどな♠」
美奈子もまた、『お見せでけへんのやったら、それはそれでようおまっせ♠』とでも言いたげ。さっさと牛車に背を向けた――とは言うものの、弟子である千秋と千夏は、これまた正反対。いまだ喰い下がっている沙織といっしょ。依頼人相手に駄々をこねていた。
「おっさん、そないケチケチせえへんでもええやろ! 見て減るもんやあらへんし、全然かまへんやないかぁ☠」
「千夏ちゃんもぉグリフォンちゃん、やっぱり見たいさんでしゅうぅぅぅ! ちょっとだけでもダメさんなんですかぁ?」
「ほらぁ、この子たちも見たいって言ってるじゃない♨ せめて野生に帰す前に、ひと目だけでも……駄目?」
「駄目です!」
千秋と千夏の姉妹はともかく(精神年齢低そうだし)、意外と往生際の悪い沙織の懇願も、依頼人はたったのひと言で跳ねのけた。そんな野球帽の男に、帆柱がうしろから、そっと声をかけた。
「相変わらず強情な男っちゃねぇ、おまえさんは✌」
すると依頼人が、とたんに苦笑いらしい顔になった。
「ま、まあな☺」
ここで『らしい』と付け加えた理由は、野球帽の男が本当に笑っているのかどうか、いまひとつはっきりとしない顔付きであったからだ。
このとき初めてであろう。野球帽の男――今回の依頼人の顔を見た涼子が、超驚きの顔をして言った。
『あの人! ノール{豹頭人}っちゃねぇ!』
読んで字のごとし。野球帽の下の顔は、まさに野生のヒョウ(猫科の肉食獣)そのままだった。しかも顔の部分だけが黄金色の毛皮で包まれ、その上に白い野球帽をかぶっているものだから、思いっきりに違和感ありありのあり過ぎ。
この場でかいつまんで説明を行なえば、ノールとは頭部のみがヒョウの顔面となっている、亜人間{デミ・ヒューマン}の一種族である。もっとも怖そうに見えるところはそれこそ顔だけで、性格その他の面では特に、乱暴な部分などは有り得なかった。
つまり、ふつうの人。まあ、ノール以外にもコボルト{犬頭人}やミノタウロス{牛頭人}などの種族がふつうに市井で暮らしている世界であるからして、これも特に大騒ぎをするような話でもないだろう。しかし、孝治は涼子に言ってやった。
「なんね? ノールっちゅう人が、そげん珍しかね?」
これに涼子は、瞳を野球帽のノールに向けたまま。かなり興奮気味な調子で応えた。
『そやかてあたし、ノールに会{お}うたんは生まれて……いえ死んでからも初めてなんやけ✌ これがわかっちょったら、あたしも初めの打ち合わせに出たとやけどねぇ✍』
「あんましジロジロ見よったら、あん人に悪いっちゃよ✄」
ややはしゃぎ過ぎの傾向になっている涼子に、友美がやんわりと注意をした。もちろんそれは恒例の比喩的な表現。当のノールは幽霊から見られているなど、一生気づかないままでいるだろうけど。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |