前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記11』

第二章 グリフォン救済計画。

     (3)

 しかし千秋は、なにも怯える様子はなし。それどころか妹の千夏など、気軽に――いやむしろ積極的なほど明るめに、白いコブラに向けて話しかけていた。

 

 それもふつうの人に話をするのと、まったく変わらない接し方で。

 

「美奈子ちゃんのお着替えさんもぉ、ちゃあんと入れときましたですうぅぅぅ♡ あとはぁ、孝治ちゃんたちがぁ、美奈子ちゃんとぉ千秋ちゃんとぉ千夏ちゃんのぉお部屋までぇ、迎えに来てくれるのを待つだけさんですうぅぅぅ♡」

 

 千夏の超天真爛漫としか言えないキラキラセリフに、白いコブラがコクリとうなずきを返した。それからなんと、長い純白の体が、いきなりピカッと発光。

 

 次の瞬間、ベッドの上に白いコブラの姿はなかった。その代わりに黒髪の魅力的な女性が、ベッドから下りて床の上に立っていた。

 

「ご苦労はんどすなぁ、千秋に千夏♡ いつもおふたりはんに旅の仕度ばかりさせはりましてなぁ☀」

 

 白い素肌に蛇の面影が残っていると称せば、どこか変であろうか。たった今までコブラだった女性は、ごく当たり前のような仕草で、まるで寝起きのように全身の伸びを繰り返した。

 

「あ〜〜、ええ気持ちどすなぁ♡」

 

 体に一糸もまとっていない、完全全裸の格好で。

 

「ほんまはうち、コブラのまんまでロバはんに乗って行きたかったんどすが……孝治はんが嫌がりはる思うさかい、今回はかなんけどやめておきますわ♠ そやさかい野暮なんどすが、歩いて行くことにしときますで☀」

 

「はぁぁぁい! わっかりましたですうぅぅぅ☀」

 

「ネーちゃんの蛇嫌いも、ええ加減卒業してもらいたいもんやなぁ☠ なあ師匠♣」

 

 室内――それも中は女性ばかりだとはいえ、裸のままで一向に着衣をしようとしない師匠――天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}を前にして、千夏は超明るく、姉の千秋はやや毒舌気味な笑顔を向けた。

 

 この三人――美奈子と千秋と千夏は、未来亭に在籍をする魔術師と、その見習い。いわゆる師弟の関係である。

 

 それはまあけっこう。ついでに美奈子の魔術の十八番{おはこ}が高度な変身術なのも、ここでは良しとしておこう。

 

 ただ問題は、美奈子が好んで変身を行なう動物が、ほとんど定番で白いコブラであることにあった。しかも旅の同行予定者である孝治は、実は大の毒蛇嫌いで有名。それも予告と心の準備なしで毒蛇と対面すれば、たちどころに失神するほどの重症ぶり。もちろん美奈子とて、孝治の毒蛇嫌いを知らないわけではなかった。

 

「孝治はんも、早よう蛇に慣れはってくれはれればよろしゅうおまんのやけどなぁ☁ そうでないと、うちのほうが困りますさかい☹ 安心して変身魔術が使えまへんからなぁ✄」

 

 はっきりと申して、自分の所業を棚に上げまくり。世にも身勝手な言い分をつぶやきながら、美奈子はようやく着衣に取りかかった。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system