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『剣遊記11』

第二章 グリフォン救済計画。

     (1)

 未来亭は市内でそびえる建造物の中では最も高層であり、木造四階建ての規模を誇っている。

 

 その上階部分を占める客室――現在ではほとんどの部屋を、店子たちが自分の住居としているのだが――の、四階四百一号室には、超偏屈で有名な人物が居を構えていた。

 

「ほう、グリフォン{鷲頭獅子}とはねぇ〜〜✍」

 

 頭に芸術家の必需品――またはシンボルと信じている茶色のベレー帽をかぶり(屋内なのに)、着ている服は絵の具まみれの間借り人――その名も中原隆博{なかばる たかひろ}。

 

 彼はかれこれもう何日間もの間、未来亭の自室――四百一号室に立てこもり、白百合の花を題材にした絵画の制作に没頭していた。だけど、きょうはひさしぶりに部屋を訪問した友美の話に、耳を傾ける余裕を持ち合わせていた。

 

「そうなんです★ 今度北陸地方まで行く仕事は、グリフォンを産地というか、故郷に送り届ける仕事なんですけど、中原さんもグリフォンって御存知ですよねぇ✍」

 

「なんば言いよっとね♪ 御存知もなんも、芸術家の端くれば馬鹿にしたらいかんばい☆」

 

 絵筆が快調に進んでいるときの中原は、見た目でもよくわかるとおり、すこぶる上機嫌のご様子でいた。これがもし、なにかの原因で不調に陥っていたとしたら、たとえ相手が温厚な友美であっても、遠慮も呵責もなしで、怒鳴り散らされている場面であろう。それを承知している友美は、事前に透視の術で室内の様子を探ってから、ドアをノック(ちゃんと三回)して訪問を行なっていた。それでも思っていた以上におだやかだった中原の顔を拝見し、心の奥底から安堵の息を吐いたものだった。

 

(こげんしておとなしゅう絵ば描きよったら、ちゃーと物静かでやわい、ええ人なんやけどねぇ〜〜✐✑)

 

 そんな友美の本心など、気づくはずもないだろう。もともと鈍感の気もある中原が、いつもどおりで一方的言葉を続けてくれた。

 

「グリフォンちゅうたら、ドラゴン{竜}と並んで神が創りたもうた最高の芸術品のひとつばいねぇ♪ もし願わくば、おれもキャラバン隊とやらに参加して、旅の間にそのグリフォンば写生させてもらいたかもんやけどねぇ☺☻」

 

「なんか参加できん理由でもあるとですか?」

 

 口ではおのれの願望をつぶやきつつ、机の上に飾っている花瓶差しの白百合を、一心不乱で描き続ける中原。そんな自称芸術家を眺め、友美は不思議な気持ちになって、質問を続行した。

 

 ずっと以前、この中原と旅をしたときの経験では、彼は周囲の迷惑など顧みず、まずは強引に同行を求めたものだった。

 

 おまけに行った先でも、わがままのやりたい放題。孝治もつくづく、身も心も疲れ果てたっちゃねぇ――などと、泣き言を友美に言っていた。そんな友美の内心ため息に気づいているかどうかはやはりわからないが、中原は絵描きに集中しながらで、さらりと質問に答えてくれた。

 

「残念ばってんが、大きな理由があると☁ おれは現在こげんして、この世のありとあらゆる花という花ば題材にした作品に、全情熱ば注ぎようとばい♐ 念のために言うとくばってん、動物の鼻とは違うけね✌ やけんこれが完成せんうちは、たとえ目の前に本まモンのグリフォンがおろうとドラゴンがおろうと、今こん場を離れるわけにはいかんとたい☜☞」

 

「はぁ……そげなもんですけぇ……☁」

 

 内容がまったくわからない中原の言い訳で、友美は再び深いため息を吐いた。内心ではなく、今度は本当に口から出して。

 

(ドラゴンさんやったら、今度紹介してもええ人がおるっちゃけどねぇ……♐)

 

 その実行はとにかくとして、中原の異常な執着心の一面が垣間見えたような――そんな感じがする芸術家の返答であった。そこへなんの合図も前触れもなし。

 

「友美ぃ、美奈子さんたちば迎えに行くっちゃぞぉ☞」

 

 ノックもなしで、いきなりドアを開いて現われた者。それは孝治であった。

 

 その瞬間だった。

 

「ぶあっかもぉーーん! 芸術の邪魔するもんやなかぁーーっ!」

 

「うわっち!」

 

 いったいその身のどこに隠し持っていたのやら。中原が超早業で小型の彫刻刀を、孝治目がけてビュンと投げつけた。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 彫刻刀は見事、孝治の頭の左横。柱にガツッと突き刺さった。おかげで孝治は、一瞬にして青ざめた思い。柱の横でへなへなと、腰が抜けた状態になった。

 

 この離れ業を目の当たりにした友美も、やはり孝治と同じで青ざめ状態。それからひと言、ポツリとつぶやいた。

 

「……やっぱこん人……危なかっちゃねぇ☠」


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