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『剣遊記13』

第五章 「ごめんなさい(すんまへん)」のあとで。

     (4)

「うわっち?」

 

 孝治は始め、美奈子の軽い逆襲の意味がわからなかった。しかし美奈子のきつい目線は、確実に孝治へと向いていた。

 

「おれけ?」

 

 言われて孝治は、自分の服装を、ゆっくりと見下ろしてみた。若戸氏から借りて着ている赤いドレス姿のはずであるが、現在海風に吹かれてスースーと、全身的にどこか涼しい感じがしていた。

 

 これらはすべて、今さらになって気づいた事実であるが。

 

「うわっち!」

 

 つまり孝治の着ていた赤いドレスは、今や完全にボロボロの状態。素肌のあらゆる部分が、陽{ひ}の元に曝されていた。このような有様であるから、大事な胸(?)も、ポロリとなっていたりする。

 

「うわっち! うわっち! お、おれもこげんなっとったとやねぇ!」

 

 ここは我ながらの鈍感を恥じ入るのみ。だけど考えてみれば、敵との激しい戦いの末である。そのあげくはトルネードに巻き込まれたりと、巨大な災難続きだったわけ。これでは豪勢で無防備な女性の正装が、無事と無傷で済むなど、絶対に有り得ない話であろう。

 

「ほな見なはれ☛ 孝治はんかてうちのこと、ちいとも言えまへんのやで☞

 

「それとこれとは違うっちゃ……いえ、ごもっともで……♋」

 

 全裸のままで、右手人差し指を向けてくれる美奈子。孝治はもはや、ひと言の反論を試みる気力さえも失われていた。さらにこれまた白旗気分になって、秋恵ボートの右側に腰を落として座り込んだ。

 

「このドレスの弁償代……いくらかかるとやろっかねぇ?」

 

 一応常識じみた、孝治のつぶやきであった。だけど友美は、その問いに答えてはくれなかった。それよりも気になっている点は、やはり真っ裸の美奈子にあるようだ。

 

「あのぉ……美奈子さん、わたしのドレスば貸しますんで、そのぉ……いつまで裸でおるとですけ?」

 

 友美はすでに、自分のドレスを、言葉どおりに脱いでいた。あとは下着のみの格好だが、これでも裸よりはマシ――と言ったところか。だが当の美奈子は、軽く頭を横に振るだけだった。

 

「うちのことやったら、そない気ぃつかわへんでもよろしゅうおまっせ ここには男衆がひとりもおまへんさかい、たまには真っ赤な太陽の下の海の真ん中で、大いに羽目を外したい思いまんのやわぁ♪

 

「そ、そうですけ……☁」

 

 孝治はもちろんだが、友美も美奈子の性格を、だいたいにおいて把握していた。そのためこれ以上強く、美奈子に着衣を勧めなかった。

 

「なんにしろこの船に乗ってはるんは、今んところは女子衆ばかりやよってに、そない気ぃつかう必要あらしまへんで☀」

 

 美奈子のこのセリフも、孝治の胸に、グサリと突き刺さる力を持ち合わせていた。

 

「おれは元は男やっちゅうとに、そればいっちゃん知っとうはずの美奈子さんが、頭っから完全ガン無視なんやけねぇ☢☠」

 

 そこへ世の中、まさにタイミングが良くない話。

 

「そうそう、もうちっとわいらの目の保養をさせてえなぁ

 

 今や耳にタコの声が、これまた新たに海面上から聞こえてきた。


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