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『剣遊記13』

第五章 「ごめんなさい(すんまへん)」のあとで。

     (19)

 美奈子は泣いていた。

 

 あの勝気丸出しで、ある意味高慢な性格だと孝治たちから評されている美奈子が、声も出さずに無言で涙を流し続けていた。

 

 お見合いの話はけっきょく、若戸の言葉どおり、今回は無かったことにされて終了した。従って美奈子は、自由の身のはずであった。

 

 しかし、どうしても簡単に割り切れない思いが、胸いっぱいに燻{くすぶ}り続けるのだ。

 

 今の美奈子に言える言葉は、もう何度も繰り返している、『これ』しかなかった。

 

「す、すんまへん!」

 

 美奈子は椅子からバッと立ち上がって、何回も何回も頭を下げ続けた。

 

 真正面にいる若戸へ向かって。

 

 その若戸は美奈子の驚くような行動を前にしても、ニコやかな笑みを変えようとはしなかった。

 

 それどころか美奈子に向け、さわやかな口調で言ってくれた。

 

「美奈子さん、そのお気持ちは充分に僕に伝わっちょりますよ それともうひとつ言うておきたいのですが、僕は決して、これで美奈子さんをあきらめたわけではなかとです♠ ただ、プロポーズをするには今の僕は、あまりにも不甲斐無さ過ぎることが自分で自覚できたことがわかったからなんです♐ やけん僕は、さらに自分に自信ば付け、今度こそプロポーズにふさわしい男になったとき、また改めて美奈子さんにプロポーズばチャレンジする気でいますので、どうかそのときもよろしく☻

 

「は、はあ……♋」

 

 思わずポカンの気持ちにはなったものの、それでも美奈子の涙は止まらなかった。

 

 ここで座の潮時を、上手に感じ取ったのだろう。黒崎が締めの言葉を発してくれた。

 

「と、言うことで、今回はこれにてお開きといたしましょうがや。若戸さんの銀星堂と我が未来亭双方の、本日はおもしろいエピソードとなりますなぁ、あはははは」


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