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『剣遊記13』

第五章 「ごめんなさい(すんまへん)」のあとで。

     (16)

 この事態の急変に、友美の術は間に合わなかった。だけど孝治たちはあとで、千秋からだいたいの話を聞く幸運に巡り会えていた。それによるとお見合いは、次のような感じで終了したらしいで――とのこと。

 

「いえ……これ以上なにもおっしゃらなくてもよかですよ 今回の話はこの僕の、あまりにも独り先走りな行動でした☂どうかお気になさらないでください

 

「えっ……♋ こないあかへん返事をした言うのに、なに言うてまんのや?」

 

  これには美奈子のほうが、瞳を大きく丸くなる思いがしていた。また本人は無論なのだが、同席している店長秘書の勝美も唖然とした顔になって、美奈子と黒崎の顔を交互に見比べていた。

 

 「店長……?」

 

  肝心の黒崎は、やはりと言うか。ほとんど表情を変えていなかった。その真意までは勝美にもよくわからなかったようなのだが、もしかするとこの展開は黒崎も、ある程度予測していたのかも。

 

  これら周りの面々が注目する中だった。若戸は口調をゆっくりめ、美奈子に向けて、淡々と語り始めた。

 

 「以前にもすでに話していますが、僕は……若いとき、まだ幼い美奈子さんに助けられたことがあります……忘れもしない、僕が京都にひとりで旅に行ったとき、あなたはまだ、魔術師見習いの幼子{おさなご}であられました……

 

 「魔術師だけやのうて、実は舞妓の修行もしよったんどすけどね☻」

 

  これは美奈子の、ささやかなつぶやきであった。でも千秋と千夏が、すかさずに反応した。

 

 「なんと、師匠は舞妓はんもしよったんかいな? 千秋もこれは初耳やで♋」

 

 「わくわくぅ☀ 美奈子ちゃんのぉ舞妓はん姿ぁ、千夏ちゃんも見たいですうぅぅぅ☆」

 

  美奈子は真正面の若戸ではなく、両側の姉妹にだけ聞こえるようにささやいた。

 

 「まあ、今まで別に話さんかったんは、もう舞妓修行をやめて十何年も経つからでおまんのや それでもそのときの名残りみたいなけったいな感じで、うちの口癖に『どす』なんていう舞妓はん言葉が残っとんやけどな

 

  これに千秋は得意顔になって、ふんふんとうなずいた。

 

 「まあ、よう考えてみたら確かに、いくら京都言うたかて、ふつうの女の人が『どす』なんて言わへんさかいになぁ✍ ただ師匠のセリフに『どす』がよう似合うとったもんやさかい、千秋も全然疑問に思うたことあらへんかったわ なんや今回は仰山、千秋も知らへん、師匠の秘密を知ったみたいな気がするで☻☻

 

  千秋はさらに両腕も組んで、ふむふむと小声でのうなずきを繰り返した。少しニヤニヤ気味の顔になって。

 

 「おっと、話が仰山ズレて行きようみたいでおますなぁ

 

  いつもの悪い癖だとは、わかっていた。美奈子はきょうも重苦しい周りの空気を見ない振りして、つい楽しい話題に逃げる自分を思い返した。


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