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『剣遊記13』

第五章 「ごめんなさい(すんまへん)」のあとで。

     (13)

 その道行く通行人の中に――だった。

 

 ひとりの青いコートを着た若い男性が、通りすがりの女性に、片っ端から声をかけていた。

 

 これはよくある、街中での単なるナンパなのだろう。それ自体の話は、なんの代わり映えもなし。やはり街でありふれている光景のひとつにしか過ぎなかった。

 

 ある一点を除いて。

 

(おやまぁ……!)

 

 美奈子はその若者が、派手なサングラスをかけている姿なのにも気がついた。だからと言って、その若者に心当たりがあるわけでもなかった。

 

 ただサングラスの存在が、美奈子の――なんて言うのだろうか、深層心理にビビッときた――と言うべきか。

 

(えっ? ……ま、まさかやねぇ……☁)

 

 美奈子は思わず、窓辺に顔も向けた。だけど若戸からも黒崎からも、特に声をかけられたりはしなかった。

 

 ふたりとも今も、美奈子に気を遣っているようである。しかし美奈子の思いは次の瞬間、軽い落胆に取って代わられた。

 

(あかんなぁ……やっぱし違いましたわぁ……☁)

 

 早い話が、自分が考えた人物とは、まったくの人違い。縁もゆかりもない男だったわけ。

 

 その小さなハプニングが、美奈子の決心を、どうやら後押ししてくれた。美奈子は意を決した気持ちになって、この場にいる一同――特に自分の正面に席を取っている若戸に、改めて顔を向け直した。

 

 それから重々しく口を開いた。

 

「誠に申し訳ないんどすが……この話は無かったことにさせはってもろうてよろしゅうおますか? ほんまにすんまへん☣」


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