前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記13』

第五章 「ごめんなさい(すんまへん)」のあとで。

     (12)

 孝治たちはこのような摩訶不思議な思いで、窓から内部の様子を眺め続けていた。ところがそのお見合いの場はなぜか、現在までほとんど会話が行なわれていない様子と雰囲気になっていた。

 

 外から見ても一目瞭然なほど、誰もが静かに押し黙り、テーブルの上に差し出されているコーヒーや紅茶に、ときどき口を付けるだけの状態が続いていた。

 

 この場での例外は言うまでもなく、千夏だけということになりそうだ。

 

「ねえ、ねえ☆ このリンゴジュースさん、とってもおいしいさんですうぅぅぅ☆ このアップルパイさんもぉ、千夏ちゃんもらっていいですかぁ?」

 

「ええ、いいわよ♡」

 

「うわぁーーい♡ とってもうれぴいさんですうぅぅぅ☀ ヨーゼフちゃんもぉ、アップルパイさん召し上がるですうぅぅぅ♡♡♡

 

 わんわんわん!

 

 説明が遅れたが、本日のお見合いの席にはなんと、若戸のペットであるミニチュア・ダックスフンド型ケルベロス――ヨーゼフまでもが同席していた。これはあとで関係者(氏名不詳)に聞いた話なのだが、本日のお見合い場所に指定された店はなんと若戸家がオーナーなので、超特別にペットの同伴が許可されたとのこと。これはこれで一応孝治は納得したのだが、あとで次のような愚痴を垂れてやった。

 

「それやったらペット同伴禁止になっちょう他のお客さんたちに、いっちょも示しがつかんばい!♨」

 

 まあ、その件はその件で。とにかく勝美の一応の許可を得た感じ。すぐに千夏が、特上のアップルパイに舌鼓を打つ。そんな無邪気な弟子を、横から眺めつつだった。美奈子は誰にも気がつかれないようにして、小さなため息をひとつ吐いた。

 

 きょうと言う日になって、もう何度目のため息になるのであろうか。自分では割り切っているはずなのに、いざとなればなぜなんやろう。簡単に言えそうなひと言が、なかなかノドの奥から出てこない。

 

(こんなはずや、おまへんかったんどすけどなぁ……☁)

 

 実際、お見合いの進行具合も、美奈子は自分自身の蚊帳の外状態を感じていた。会話はどちらかと言えば、黒崎と若戸が中心。ビジネスの話題ばかりを繰り返していた。

 

これは美奈子にとって、まるで興味のない話であった。だが逆に、このようにも感じられていた。

 

(店長はん……なんやうちに気ぃつかいはって、当たり障りのない話してくれよりまんのやなぁ

 

 黒崎は美奈子にじっくりと考える時間を与えるため、意識的に本日のお見合いとは、あまり関係のない話をしているようだった。またその気遣いは、若戸も同様であるらしかった。なぜなら話は黒崎に合わせているのだが、彼の目は時々、美奈子のほうへと向いていたからだ。

 

 彼から目線をズラすわけではないが、美奈子はふと、窓から外の景色に瞳を移し変えてみた(孝治たちの覗いている窓とは、別方向の所)。街の歩道にはふつうの市民たちが行き交い、ふだんと変わらない風景が広がっていた。もちろん通行人の服装も様々で、あれやったら私みたいな魔術師が黒衣で出歩いても、あんまし目立たんはずやなぁ――美奈子は声には出さないようにして、ふっと微笑んだ。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system