『剣遊記U』 第四章 銀山道中膝栗毛。 (7) 「ちょ、ちょと待つある!」
荒生田と孝治の戦意に、どうやら恐れを抱いたらしい。拍手の主が、両手を上げた降参の格好で、大木の影から姿を現わした。
「あいやあ! ワタシあなた方の敵、違うだわね☃ だからそのおぞい(島根弁で『怖い』)剣、下ろしてほしいあるよ☠」
そいつはしゃべり方に妙な訛り(一応、島根弁らしいのだが)のある、古びた革鎧を着た、背が低めの男だった。
ただし、武器らしい物は、一応なにひとつ身に付けていない――ようにも見えた。
「……剣は無しけ……✄」
男の非武装をこちらも一応確認して、孝治は剣を鞘に収めた。しかし荒生田は、威嚇姿勢のままでいた。
その荒生田が三白眼でにらみを効かせ、男に詰問をした。
「おまえいったい誰や! ひとりで山賊でも気取っとうつもりけ♐」
すると男は慌てた様子で、頭を左右に振りまくった。
「ち、違うあるね! ワタシ、この森で野伏{のぶせり}やてる、到津福麿{いとうづ ふくまろ}いう者あるね! ば、ばんじまして(挨拶言葉)……実はここで散歩してたら、とてもいい音楽聴こえてきたあるので、ちょっと顔出しただけだわね♠ ワタシ決して怪しくないのこと♦⚐」
「いいや、モロに怪しかばい☠」
荒生田がサングラスを光らせ、さらに男に威圧を加えた。それでも到津と名乗った野伏は、とことこと孝治たちの前に歩み出てきた。どうやら秀正が持っている古地図に、多少の興味を感じたらしい。一生懸命に背伸びをしながら、地図を覗き込もうとしていた。
ちなみに野伏とは、前回も説明を行なったが、森林や草原に単独で住み込み、自然と野生動物をの保護と警護を行なう、一種の保護管理官のような役目を担{にな}う者たちの総称。さらにはその腕前を活用して、山の案内人を務める場合もある。
「な、なん見とうとやぁ!」
秀正が慌てて地図を畳もうとした――が、時すでに遅し。
「おーーっ! これワタシ知てるあるね!」
こちらの目的が、到津に知られてしまったようである。
「石見の銀山、ワタシの縄張りだわね♡ 良かたらワタシ、そこまで道案内するあるよ♡ いやいや、料金要らないあるね☆ 森行く人を迷わせない⛔ これワタシの仕事あるから♪」
「ど、どげん……する?」
なんだか不自然なほどに調子の良い、到津なる男。そんな野伏を遠く蚊帳の外に置いて、困惑している秀正を中心に、孝治たち一行は円陣を組んで話し合った。
「どげんするもこげんするも……ほんなこつどげんしよっかぁ?」
「う、ううん……☁」
困惑しているのは、孝治も同じ。しかし孝治の逆問いかけにも、秀正は答えられずに口ごもった。これも無理なかっちゃねぇ――と、孝治は声には出さないで自嘲した。とにかく、いきなり現われた素情のわからないどこかの馬の骨のような野郎を、いったい誰が信用できるものか――と言う話であるから。
「道案内ってのも悪くないっち思うとやけどぉ……ほんなこつ大丈夫やろっかねぇ?」
裕志もかなりに懐疑的な様子でいた。そんな空気の中で、友美だけだった。全面的に信頼とは言えないが、やや半信半疑的態度に意見をした者は。
「わたし……思うっちゃけどぉ……あの到津って人、そげん良くは見えんけどぉ……悪くも見えんとよねぇ♠ 根も正直そうな感じやしぃ……♠」
「友美は甘いっちゃよ☠」
ここで意地悪を言うつもりはないが、孝治はやはり、疑問形の気持ちだった。おまけにこの場で、友美に世間の厳しさば教えてやろうかね――の気分も湧いていた。
いつもやられっぱなしでいるものだから。
「世の中にゃあ、虫も殺さんような顔した大悪人なんち、それこそ生卵が腐るほどおるもんやけ☠ 例えば黒いサングラス😎ばかけたスケベ大魔王っとかやね☠」
「そう、オレみたいなサングラスかけた女好き……アホけぇーーっ!」
孝治と荒生田の漫才はさて置き、友美がしゅんとうな垂れた。
「そげんもんかしら……☁」
「先輩はどげん思います?」
議論が暗礁に乗り上げたところで秀正が、荒生田に意見を求めた。どうやら一行の中で一番の年長者である荒生田先輩に、話の採決ば願いたいんやろうねぇ――と、孝治は思った。
「おっほん☆」
まずは意味のない咳払いからひとつ。五人(涼子を含めれば六人)の中で確かに一番の年配者として、ここで的確な意思決定ばせんと先輩の沽券{こけん}に関わるっち、たぶん勝手に考えちょるやろうねぇ――と、孝治は再び思った。
実際は誰もそこまでは望んでいないのだが。とにかく荒生田が、偉そうに胸を張ってから、ひと言。
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