前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記U』

第四章 銀山道中膝栗毛。

     (5)

 夕方になって浜田市の港に着いた一行は、そこで大型帆船から降りて市内で一泊。ここより先は徒歩で、石見銀山へと向かう行程となっていた。

 

 これは冒険の過程としては、けっこう楽な部類に入るものだった。なぜなら浜田市から中国山地を横断して広島市へと至る街道があるので、それを利用。途中で石見方面へと進路を変更すれば、それで良いだけの話であるから。一応、地図の上での話であるが。

 

『冒険っちゅうても、今回はずいぶん楽チンそうなんやねぇ☠』

 

 どうやら難行苦行を期待していたらしい。涼子が実につまらなそうな顔をしていた。孝治はこれに、少々ムキな気持ちになって言い返した。

 

「当ったり前やろ♨ そげんいつもかつも危なかこつばっかしよったら、命がいくつあったかて足りんとやけね♨」

 

 それでも涼子には、カエルのツラになんとかみたいだ。

 

『あたし、冒険家っち四六時中、いつも危ないことばっかりするっち思いよったんやけどねぇ♠♣』

 

「……あんねぇ☠」

 

 開いた口がふさがらない――とは、今の心情及び状況を表す言葉であろう。実際に孝治は、自分の口があんぐりと開いて、ふさがっていない状態を自覚。そこを、右手人差し指を自分の口の前に立てている友美から注意をされた。

 

「しっ! 声が大きいっちゃよ☢ 前に聞こえちゃうばい☁」

 

「うわっち、まずか☃」

 

 孝治は慌てて、自分の口を両手で、今度こそ本当にしっかりとふさいだ。先ほどの例えとは、また別の意味合いでもって。

 

 旅のシーズンとはいえ、森の奥深い林道は人も少なく、本日の通行人は孝治たち一行のみのようだった。だから些細な小言でも、孝治たちの前を進んでいる秀正たちの耳に入る恐れがあった。

 

 一行は古地図を持つ秀正が先頭に立ち、その次に荒生田と裕志のふたり。孝治は友美と――ふたりだけに見える涼子の三人で、列の殿{しんがり}を務めていた。

 

 なぜこのような順序立てになったかと申せば、それは荒生田が自分のうしろに立つことを、孝治は極度に嫌がったからだ。

 

 実際、サングラス😎をかけたセクハラ大魔王でもあるし。

 

「ぶぁぁーーっくしょぉぉぉーーいいっ!」

 

 その荒生田のド派手な大くしゃみが、遠く山間に隅々にまで木霊{こだま}した。

 

 この世に生を受けて以来一度も、風邪らしい風邪を引いた経験がないと言われる荒生田であった。だけど、準備体操なしでの水泳は、さすがに体に堪{こた}えたようだ。

 

 おまけにこいつがカナヅチであったことも、今回初めて判明した。

 

 幸い武装は外して身軽であったので(軽装の革鎧のみで、剣などの武器は持っていなかった)、鎧の重みで海の底に沈むという事態だけは免{まぬが}れていた。それでも下着の着替えなどを用意していなかった不手際からは、見事に免れることができなかった。

 

 でもってけっきょく、宿屋で一泊しても半乾きのまま(部屋干しだったので)になっている服を着て、冒険を始める破目となったわけ。

 

「やけん先輩、ぼくが言うたでしょ☛ ちゃんと服ば、天日{てんぴ}で干してから、出発しましょうって☀」

 

 今度はそれなりに、荒生田の身を案じているらしい裕志であった。実際に今も服を乾かす魔術をかけながら、荒生田の右隣りに並んで道を進んでいた。

 

 だがあいにく、サングラスの戦士は後輩の気配りに感激をするような男ではないのだ。

 

「しゃあしぃーーったい! お宝ば目の前にして、のんびり洗濯なんぞで時間ば潰せるけぇ! だいたいやなぁ! オレが海に落っこったとき、ボヤボヤしとったおまえがいっちゃん悪かやろうが! なんでもっと早よ、オレば助けんかったんじゃい!」

 

 けっきょく例によって、誰が聞いても立派すぎるほどの言いがかりを、裕志にぶつける話の流れとなる。

 

 荒生田を海に蹴落とした真犯人は、孝治のはずである。だがこのサングラス男は、八つ当たりできる相手が身近に存在さえすれば、攻撃の矛先は誰でもよいことでも有名。これは言い方を変えれば、極めて合理的な思考と言えたりもして。

 

 荒生田が海に落ちた騒動の結末は、永二郎が船から海に飛び込んで救助を行なう展開で終了した。このとき同時に、涼子が大いに驚いた脇のドラマもあるのだが、この話はいずれまた。

 

「そんなぁ〜〜、ぼくは先輩のためば思うてですねぇ……☂」

 

 言いがかりをふっかけられ、裕志が思いっきりの困惑顔となる。しかしもちろん、荒生田はお構いなし。

 

「そげんならなして、魔術でもなんでも使{つ}こうてオレば助けんのじゃい! おまえは船ん上で、ただ見学ばしちょっただけやろうがぁ!」

 

 事実そのとおりではあるが、とにかく勝手に決めつけ。荒生田が裕志の首を右の脇で締め上げ、頭をポカポカとしばきまくる。

 

「せ、先ぱぁ〜〜い! 痛かですぅ!」

 

『裕志くんって、ほんなこつ可哀想やねぇ☂ ほんとは孝治がいっちゃん悪いっちゃに、代わりにいじめられてからぁ☠』

 

 初めて拝見をしたときから、とにかく頼りがいが希薄だと言っていた涼子であった。しかし今は、そのとき以上に情けないの極致にある裕志に、今度は憐れみらしい同情感を抱いているようだ。

 

 だけど、悪の張本人(?)である孝治は、あえて無責任に徹する態度を貫いた。

 

「いやぁ、あのふたりはいっつもあげんことして、旅の道中ば楽しんじょると☆ やけん、気にせんでよかっちゃよ♡」

 

『ふぅ〜ん、あれって一種のの関係って思うてよかっちゃろっかねぇ?』

 

 ここで新たなつぶやきを洩らした涼子に、友美が瞳を丸く、しかも白黒までさせていた。

 

「涼子、そげな言葉、どこで覚えたと?」

 

 涼子はあっさりと、簡潔に答えた。

 

『本で♡』


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system