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『剣遊記U』

第四章 銀山道中膝栗毛。

     (3)

「ふぁ〜〜わぁ〜〜、なんかよう知らんけど、よう寝たっちゃねぇ☀」

 

 船倉に通じる階段から大あくびを繰り返しながら、あの男が甲板に上がってきた。

 

「やあ先輩、目が覚めましたか?」

 

 裕志が早速、寝覚めの男――荒生田に、朝の挨拶の声をかけた。しかしサングラス😎の先輩戦士は海風を体に受けつつ、深呼吸を一回しただけ。それでも寝覚めからしっかりとサングラスをかけているところが、これまた荒生田の荒生田たる所以{ゆえん}と言えた。

 

「なんか変な気分っちゃねぇ☁ オレとしたことが、船に乗った早々に昼まで寝ちまうなんてよぉ☠ オレ、きのうはそげん飲んだや?」

 

 甲板に現われてもなお、見た目にボンヤリしている様子の荒生田であった。そんな先輩に裕志が、いかにも無邪気そうな感じで応えてやった。

 

「いいえ☀ いつもとおんなじで、ワインにウイスキーとビールに日本酒なんかも合わせて、せいぜい三十本くらいでしたよ♠♣」

 

「そうっちゃねぇ……☁」

 

 旅立ちの前日に、そんなに飲む野郎も野郎である。だが荒生田にとっては、これが極めてふつうであるらしい。裕志もすっかり、慣れっこになっているようだ。

 

 そんな荒生田が右手でリーゼント頭をボリボリとかきながら(それなりに二日酔いを自覚しているみたい⛐)、船の甲板を右に左にとキョロキョロ見回してから、裕志に訊いた。

 

「おっ、そう言えば、孝治どもはどこおるとや?」

 

「孝治たちなら、ほらあそこです✈☞」

 

 先輩に従順な裕志が、無神経にも右手で指差してくれた。孝治と秀正と友美が、三人そろって抜き足差し足忍び足で荒生田に背中を向け、甲板から消えようとしている現場を。

 

「くぉらぁーーっ! おまえらどこ行く気やぁーーっ!」

 

「うわっち!」

 

 荒生田の一喝で、孝治たちの忍び足が一気に硬直化した。

 

「せっかくオレが目ぇ覚ましたんやけ、早よこっち来{こ}んけぇ!」

 

「は、はぁ〜〜い……☠」

 

 これにて観念した孝治たち三人は、クルリと回れ右。渋々ながらで、先輩の前まで戻って整列した。

 

 三人これまたそろって、表情に引きつり笑顔を、わざと浮かべつつ。それから友美が孝治の右耳に、そっと小さな声でささやいた。

 

「……こげんなったらもう、あのこと白状したほうがいいんとちゃう?」

 

「うわっち!」

 

 ブルブルブルッと、孝治は慌てて頭を左右に振った。

 

「そ、そりゃちゃーらんばい!」

 

 言えない。言えるわけがない。

 

 ましてや白状など、論外中の大論外。

 

 孝治は秀正と結託。船の出港前に荒生田に睡眠薬入りのウイスキー(これが迎え酒)を飲ませ、航海中ずっと眠らせておこうとした計略を。

 

 犯行理由はなにか?

 

 それは荒生田が起きて活動を再開させたら、非常に面倒で迷惑だから――に尽きた。

 

 特に荒生田から嫌と言うほど追い回された孝治にとって、同じ船上にいるだけで、これは悪夢以外の何物でもなかった。

 

 この恐怖を軽減させる策として、孝治たちは荒生田熟睡作戦を実行したしだいなのだが。

 

「どげんなっとうとや? 先輩、完全に目ぇ覚めとうばい♋ いったい睡眠薬、どんくらい使ったとや?」

 

 孝治は小声で、秀正に文句を垂れた。しかし秀正も、困惑の極みに入っていた。

 

「飲ませたウイスキーの半分は薬やったとばい☠ それも無味無臭やけ、先輩いっちょも気づかんで全部飲みよったとになぁ……☁」

 

「そうやったんよねぇ……☁」

 

 一度は文句を垂れた孝治も秀正の左に並び、そろって首を右に傾けた。これは一応、荒生田に背を向けての会話であった。だけどもどっこい、そうは問屋が卸してくれなかった。

 

「なぁ〜るほど、そげんわけっちゃね☠♨」

 

「うわっち!」

 

 当の荒生田に、すべてが筒抜けとなっていた。


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