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『剣遊記U』

第四章 銀山道中膝栗毛。

     (2)

 友美の言うとおり船橋から、秀正と裕志のふたりが、のんびりとこちらに向かって歩いてきているところ。

 

 ちなみに裕志は、例の『ギター🎸』なる名称の西洋弦楽器(すでに孝治たちにも教えている)を、出発以来ずっと背中にかついだまま。これがないと夜も眠れないという、理解のむずかしい変な理由でもって。

 

 ついでだが、黒衣でギターの格好は、どこか違和感ありあり――とも言えた。

 

 このふたり(秀正と裕志)と並んでもうひとり、この帆船の若い船員もいた。

 

「孝治、こん船はきょうの夕方、もしかして夜になるかもしれんけど、島根の浜田港に着くってばい⛴」

 

 秀正が頭に巻いた白いタオルで額の汗を拭きながら、これからの予定を教えてくれた。こいつは生来からの汗っかきなので、いつも頭にタオルを巻いているのだ。

 

「おお、そげんね☆ とにかく助かったっちゃね、永二郎♡」

 

 孝治は秀正の右横に立つ船員に、頭を下げて礼を言った。すると船員のほうも、気さくな感じで返事を戻してくれた。

 

「これくらい、なんくるないさぁ☀ いつも桂{けい}がでーじ世話になっとーしぃ☀」

 

 若い船員は孝治たちの友人で、名前を脇田永二郎{わいた えいじろう}。沖縄出身である。また、彼の言う『桂』とは、未来亭で給仕係として働いている、皿倉桂のこと。ふたりは相思相愛の仲で有名となっていた。

 

 おまけで付け加えれば、あの晩、由香が真っ裸で店の中庭に仁王立ちをしていた(?)とき。桂といっしょに偶然その光景を目撃した青年が、この永二郎だったのだ。

 

 あの夜の騒動は、実は今でも永二郎の脳裏に焼き付いていた。

 

 恐れ多くも桂の面前で、他人の女性の全裸姿と遭遇。その光景が鮮明なる画像となって網膜に焼き写り、今でもその出来事を、永二郎は桂に、とてもすまないと思い続けている。

 

 しっかりと、顔には出さないように心掛けて。

 

「桂と会えるのも次は半年後だからさぁ……たぶん裕志たちんほうが先にぃ、未来亭に戻るはずさぁ⛴ 帰ったら桂によろしく伝えといてやー☀」

 

「うん☀ 冒険が成功して帰ったら、必ず伝えとくけね♡」

 

 裕志が満面の笑顔になって、永二郎に応じて返した。

 

 知らぬが仏{ほとけ}というべきか、裕志は永二郎が偶然の不幸(?)な出来事とはいえ、由香の裸を見てしまった事件を知らない。また、永二郎も裕志が由香のことは知っているが、彼女が裕志の恋人だという話を、桂からはまだ教えられていなかったりする。

 

 結論、知らない者同士が、肩を並べて笑い合える、この不条理。まあ、お互いなにも知らないでいる幸福も、ひとつの平和ではあるのだが。

 

「それじゃー、おれは仕事に戻るからぁ、用があるときゃいつでも呼んでやー♡」

 

「うん、わかった♡」

 

 孝治も笑顔で、後甲板に行こうとする永二郎を見送った。これにて永二郎が立ち去ったので、舳先近くの甲板にいる者は、孝治たち便乗者だけとなった。

 

「さてと、港に着くまで、もうちっとのんびりさせてもらうっちゃね☀」

 

 孝治は甲板の手すりに身をもたれかかせながら、しばし水平線の眺めを楽しんだ。これは裕志も同じような気分でいるらしい。右隣りに並んで、孝治に話しかけてきた。

 

「そうやね☀ ところで今回は、孝治と秀正に感謝ばしとるけね☺ 宝探しにぼくたちば誘ってくれてやね☆」

 

 孝治は軽い気持ちで、裕志に返事を戻した。

 

「まあ、こげん早よう話が進むなんち、こっちも驚いとうとやけどね★」

 

 あの日――孝治と秀正で石見の銀山行きを決めた次の日。ふたりでこっそりと裕志に同行を頼んだところ(けっきょくふたりで行った)、拍子抜けするほどの気前良さで、前述のとおり彼は話を承諾してくれた。

 

 その理由はなにかと、逆に孝治は訊いてみた。これには裕志のほうでも、実は宝探しの話を求めていた――とのこと。

 

 とにかくお互いの利害が一致したともなれば、あとの話は早かった。とんとん拍子で計画を煮詰め、今はこうして全員が、船上の人となっているわけ――なのである。

 

 しかし――でもあった。

 

「でも、予想どおりにくっ付いて来たっちゃねぇ……『おまけ』が……☁」

 

 裕志には聞こえないように注意をして、孝治は深いため息を吐いた。

 

「そうなんよねぇ……☂」

 

 秀正もため息に付き合ってくれた。そんなところだった。友美が憂鬱気分に輪をかけるような、恐ろしい事実を言ってくれた。

 

「ねえ、そろそろ起きるころやなか?」

 

「うわっち! ま、まさかぁ……☠」

 

 顔面青ざめの気持ちとなった孝治は、頭上の太陽を仰ぎ見た。

 

 北九州港を出港した時刻は早朝であり、現在時刻は、だいたいお昼前くらい――だからと言って、今から目覚めるとは、正直考えにくかった。

 

 万全は尽くしたはずなのだ。ところがここで、裕志がよけいな発言。

 

「そういえば先輩、船に乗る前に迎え酒ば一杯飲んだだけでまた寝ちゃうなんて、やっぱおとといからの徹夜酒続きで、さすがに二日酔いなんかねぇ……? 今までいくら飲んだかて、朝にはピンピンしとった人やのにねぇ⛐」

 

「うわっち! ぎくっ!」

 

「ぎくっ!」

 

「きゃっ! ぎくっ!」

 

 裕志としては、何気ないつぶやきのつもりだったのであろう。だけど今のセリフで孝治、秀正、友美の心臓が、三人合わせて激しく鼓動した。

 

「は、ははは、そ、そげんね……お、おかしいっちゃねぇ……☠」

 

 なんとか苦しまぎれで、孝治は引きつり承知の愛想笑いを演じてやった。ついでに秀正は、この不自然極まる状況を、いかにしてごまかそうかと苦心しているようだった。

 

「ま、まあ、先輩かて生身{なまみ}の体なんやし、たまには調子ん悪か日だってあるっちゃよ☠」

 

「それもそうやね♠」

 

 秀正も孝治と同様に引きつっていたが、幸いにして裕志は、簡単に納得をしてくれたご様子。その単純ぶりと勘のにぶさに、孝治は感謝の気持ちで胸がいっぱいとなった。

 

(秀正、グッジョブ♡✌)

 

 おまけになおも、裕志は秀正の言葉を、全然疑っていない感じでいた。

 

「先輩ったら、おとといからほんなこつ飲み過ぎやったけねぇ✋ ぼくがいくら言うたかて、やめる人やなかっちゃけどね⛽」

 

 とにかくこれはこれで、なんとか平穏が保たれたようである。だがついに、三人(孝治、秀正、友美)にとって、年貢の納め時が訪れたのだ。


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