前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記U』

第八章 銀の清算。

     (9)

 いつ落ちるかいつ落ちるかと、一同をハラハラドキドキの境地に陥{おとしい}れたものの、到津は石見から北九州市までの飛行を、辛くも成功させた。

 

 大地に生きて足を降ろしたときの喜びは、また格別なもんやったけ――と、孝治はのちに述懐をした。

 

 それはともかく、一行の予定よりも早い帰店は、黒崎を始め未来亭の面々を、大いに驚かせた――にも関わらず、荒生田は間髪を入れず、袋詰めにしている銀塊の山を、二階の執務室にドカドカと持ち込んだ。黒崎に早々の鑑定を行なわせるために。

 

「長旅のうえに帰りを急いだようだから、疲れてるだろう。鑑定はあしたでどうだがや」

 

 黒崎がせっかく――と言うか、珍しく気配りをしてくれても、荒生田はまったくの聞く耳持たず。

 

「オレん体やったら心配無用ばい✌ それよか早よ銀の鑑定ばしてくれんね☛」

 

「君が頑丈なのは、誰でも知っとうがや。それより後輩の裕志は帰り着くなり、部屋で寝込んだぞ。確か飛行酔いとか言って。だから勝美君も看病に行かせとうがね」

 

 黒崎の言葉どおり、秘書の勝美はピクシーの魔術を使って、裕志の健康回復を行なっていた。そのため現在、執務室は黒崎と荒生田のふたりっきりである。

 

「まあまあ、そげなちんまいことは気にせんと、とにかくこれば見ておくんなまし☻☻☻」

 

 もはやしゃべり方もメチャクチャ。心の奥底から裕志の健康と塩梅{あんばい}を、まったく気にしていない荒生田であった。そんな野郎が、ややとまどい気味である黒崎の事務机の上に、袋詰めにしてあった銀塊を、ズラァ〜〜ッと並べ上げた。

 

「ほう、これはかなりの数だがや」

 

 さすがの黒崎も、とにかくその量には注目した。なぜなら、けっこう広めである事務机の上が、銀塊で完全に埋め尽くされたからだ。

 

 それから気持ちも落ち着いたらしく、黒崎がその内のひとつを右手で取った。さらに、いつもの虫メガネを使って、銀塊の表面を丁寧に調べ始めた。

 

 この一方で、これだけの銀を目の前にして、さっさとふだんの能面に戻れる黒崎の態度に、荒生田は実は内心で煮えくりかえっていた。

 

(こんちくしょう! もうちっと驚いた顔ばせえっちゅうの♨)

 

 だが同時に、期待の皮算用で胸を躍らせている本心も、もうひとつの事実でもあった。

 

「どげんや! いくらあんたかて、こげな銀塊の山ば見るのっち、初めてっちゃろ!」

 

 などと、つい挑発的な言動さえ洩らしてしまう。それでも黒崎は、相も変わらずの超冷静を貫いた。実際荒生田がいくら吠えようがわめこうが、無言で銀塊のひとつひとつを、丹念に調べるだけなのだ。

 

「………………☁」

 

 やはりいい加減戦士よりも能面店長のほうが、役者が一枚も二枚も上手{うわて}のようだ。これではさすがの荒生田も、おしゃべりのネタが、だんだん枯渇する――というもの。世の中のどんな饒舌家も、無口には絶対に勝てない。そんな事実を図らずも、見事に実証したかたちであろうか。

 

 もっとも、生来からの短気で名の通っている荒生田ではあった。しかしさすがに、雇い主兼スポンサー(資金源)の気を損ねるのはまずい――と充分に心得ていた。

 

 ここはあせる気持ちを必死にこらえ(極小の堪え性を総動員)、荒生田がジッと待つこと数刻。ようやく疲れた顔になって、黒崎が虫メガネを、机の上に置いた。

 

 銀塊の最後の一個の鑑定が、今やっと終了したのだ。

 

「ふう……」

 

 大量に存在する銀の鑑定は、その作業が慣れているはずの黒崎にとっても、滅多にない酷な仕事であったようだ。それなのにブラック仕事を押しつけた当の荒生田は、真正面から黒崎の顔を覗き込み、結論を急がせるばかりでいた。

 

「ゆおーーっし! ずいぶん時間がかかったっちゃねぇ! で、どげんや? いくらで銀ば買うね☻☻☻」

 

「金貨二十枚だ」

 

 黒崎のそっけない返事で、荒生田の下アゴが、ドーーンと床まで落ちた。しかし、それでもなんとか、荒生田は態勢を立て直して、机の前で仁王立ち。だが出せる声は、見事に裏返ったモノとなっていた。

 

「に、二十まぁーーい!」

 

 そんな荒生田に対し、いつもの能面に戻っている黒崎が、淡々とした調子での説明を始めた。

 

「その顔は納得しとらんようだから、きちんと話しておくがや。確かにこれは銀塊、つまり銀の塊{かたmり}だが、あまりにも不純物が混じり過ぎとうがや。従って、とても市場{しじょう}には出せないシロモノだがね。なんでも聞いた話によれば、石見の昔の領主が税金逃れのために隠したモノらしいが、その男はよほど慌てたようだがや。このような粗悪品ばかり集めていたとはね。とにかくこれは、一度溶かして再鋳造{ちゅうぞう}して造り直さなければ、とても使えんがね。だから、その費用から逆算すれば、金貨二十枚が僕に払える精いっぱいの金額だがや」

 

 本当に長い、黒崎の説明であった。だけど問題なのは、当の荒生田が果たして、今の話を聞いていたのかどうか。まったくわからない有様でいることである。なにしろ、ただ呆然と立ち尽くしているだけなので。

 

「おい、聞いてるがやか?」

 

 黒崎が声をかけても、返事もなにもなし。さらに黒崎がよく見れば、サングラスの奥の三白眼が両目とも反転し、見事な白目になっていたりする。

 

 これではまさに、弁慶{べんけい}の立ち往生状態とは言えないだろうか。

 

「立ったまま気絶しとうがや。しょうがないなぁ……」

 

 黒崎が珍しく、深いため息を吐いた。そこへ一種のグッドタイミングであろう。勝美が執務室に戻ってきた。もちろんドアは、魔術の力で開けて――である。

 

「店長、裕志さんの熱が下がったごたるけ、一応部屋で寝かせてきましたばい♡ えっ? こりゃなんですか?」

 

 勝美も生き人形と化している荒生田を目の当たりにして、いきなりとまどいの顔となる。黒崎はそんなピクシーの秘書に顔を向け、矢継ぎ早で新しい指示を出した。

 

「ちょうどええがね。下の熊手君に言って、すぐに担架を持ってこさせるがや。それと医者も呼ぶようにな」

 

「はい、店長♡ でもなんかよう知らんばってん、うーしかつうっかんげた人(佐賀弁で『大雑把{おおざっぱ}で壊れた人』)やねぇ☠」

 

 一応口では事務的に。しかし事情は、だいたい聞かなくてもわかる――と言いたげ。勝美が背中の半透明アゲハチョウ型の羽根を振るわせて、パタパタと階下へ飛んでいった。

 

「本当に、そのとおりだがや」

 

 黒崎も再び、深いため息の気分となった。実際、立ったままで失神している荒生田の姿の拝見など、さすがの敏腕店長でも、初めての経験となる珍事であるのだから。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system