『剣遊記U』 第八章 銀の清算。 (8) 飛行も順調に進み、ついに海上まで到達。ここでドラゴンの長い首に必死の形相でしがみついている裕志が、今の力で精いっぱいであろう大声を張り上げた。
「い、到津さぁーーん!」
「うわっち! ど、どげんしたと!?」
何事かと孝治は、思わず裕志に顔を向けた。見ればなんだか、裕志の顔色が初めのときよりも、かなり青くなっている様子。そこが非常に気に懸かるところだ。
しかし今の裕志の叫びは、要するに質問だった。
「ね、ねえっ! い、今思いついたっちゃけどぉ……君ってぇ、百年の間、人間の姿でおったっちゃよねぇ!」
すぐに到津が返答した。飛行中なので、ここでは振り返らずに、まっすぐ前を向いたままで。
「はい、そうある☀ だからドラゴンの姿に戻ったの、百年ぶりだわね✌」
「そ、それやったらぁ、空ば飛ぶんも百年ぶりってことっちゃねぇーーっ!」
「うわっち!」
裕志の叫びで孝治の心臓が、ドキッと大きく高鳴った。これはたぶん、全員同じ心境に違いない。さらにこの質問への到津の返答の仕方が、これまた大きな駄目押しとなってくれた。
「大丈夫だわね☀ ワタシ百年ぶりでちょっと勘、にぶってるあるけと、海の上なら落っこちても、ケガ大したことないあるよ☝」
「そ、そげな風に言うたかてぇ……☟」
到津の楽観極まるセリフを聞いた孝治は、恐る恐るの気持ちで、背中の上から下界を見下ろしてみた。
真下には広大な日本海が広がっていた。
石見から北九州までを直線で飛行すれば、本来なら山口県上空を通過する。しかし空を飛ぶドラゴンの姿が地上から目撃をされ、これが無用の騒動にでも発展したとしたら、あとでとても面倒なこととなる。
そこでやむなく海上を飛行し、遠回りで北九州まで帰る空路を選んだわけ。
この方針に異議申し立てを行なった男は、無論荒生田ただひとり。しかしこの件については、のちほど再び触れることにする。
とにかく短時間のうちに、石見の山中から日本海の海上まで、一気に飛び出したわけである。これは銀のドラゴンの飛翔力と飛行速度が、かなりの優れものである――という事実を示してもいた。
「ワタシ、その気になたら水中でも行けるあるよ✌ だから大船に乗ったつもりで、大いに楽チンしていいわや✌」
「そう……良かったぁ……♥」
とりあえず自信満々そうな到津の返事で、裕志は一応ひと安心した模様。だけど、そんな青年魔術師を荒生田がうしろから、思いっきりポカリとしばき倒した。右の拳骨{げんこつ}で。
「あ痛っ!」
荒生田が怒鳴り散らした。
「なんが良かったとやあ! こんスカポンタン! 人に目いっぱい不吉な予感ばさせやがってえ! そこばどかんけぇ!」
それから頭の殴られた所を右手でさすっている裕志を押しのけ、荒生田も大声で、到津相手に絶叫した。こいつも一応、一本の背びれに、しっかりとつかまった格好で。
「た、頼むけん! 途中で力尽きて海にドボンだけはやめちゃってやあ! お終いのお終いでカッコ悪かドンデン返しっちゅうのは、いっちょん情けなか笑い話なんやけねぇーーっ!」
(先輩、カナヅチっちゅうこと、もろバレしとうけねぇ……♣♠)
などと考えつつ、落ちないでほしいことには孝治も同感していた――どころではなかった!
「そ、そんとおりばい! 墜落したらこっちもお終いやなんやけぇーーっ!」
孝治も叫んだ。なにしろ眼下は、広大なる大海原。ドラゴンなら落ちても平気かもしれないが、これがただの人であったら、そうはいかないに決まっている。
高空から水面に落下をすれば、それは超硬い岩盤に激突するのと、まったく変わらない結果となる。それくらいの危険知識であれば、そこら辺の子供でも知っている。だから子供並みの頭である荒生田が慌てて叫ぶのも、ある意味において当然過ぎると言えるのかも。ついでに孝治も、けっこう先輩に近かったりして。
けっきょく、孝治と荒生田、ふたりそろって大声を張り上げた。快晴の日本海上空で。
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