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『剣遊記U』

第八章 銀の清算。

     (10)

「そんじゃあ、ここがきょうから到津さんの家になる部屋ですけ☆ それと、これが合い鍵やけね♥」

 

 荒生田失神から、しばらく経ったころであった。孝治は到津を未来亭の四階、一番東寄りの位置にある一室の前まで案内した。

 

 これはつまり、新人を新居まで連れていってあげたわけ。

 

 そこは孝治と友美の部屋からは、かなり離れている場所であった。だけど今夜から、同じ屋根の下の間柄――となるわけである。

 

「ほんとになにからなにまで、すまないあるね♡ この恩、一生忘れないだわね♡ だんだん(島根弁で『ありがとう』)あるよ☀」

 

 相変わらずの島根弁と大陸訛りが混じった変なしゃべり方で、到津が大袈裟な礼を言ってくれた。これでは孝治のほうも、照れ臭い気持ちでいっぱい。ついでに申せば、超長寿であるドラゴンの一生に付き合える人間など、恐らく絶対にいない――と思う。

 

「よ、よかっちゃですよ♩ そげん頭ば下げんだかて☻ 石見じゃこっちんほうがいろいろ助けてもろうたんやけ……それよか店長に言われたこと、絶対忘れたらいけんのやけね♐」

 

 こちらが恥ずかしい気分である本心を、頭を横にブルブルして振り払いながら、孝治は到津にひとつの念を押した。

 

 すぐに到津が、大きくうなずいてくれた。

 

「はい、絶対絶対忘れないある✊」

 

 ここでいったん、話を遡{さかのぼ}る。石見から北九州市までの飛行を成功させた、銀のドラゴンこと到津は、市街地からやや離れた、郊外の森に着地した。

 

 しかしこれには、ひとつの悶着があった。

 

 孝治たちは人目を避けるため、到津に海上飛行をさせたのは、すでに前述済み。だが実は、出発前に荒生田が、陸上での超低空お披露目飛行を強行に主張していたのだ。

 

 要するに目立ちたがり。

 

 ところが先輩の威光で迫る荒生田に、孝治たちは却下で抵抗をした。しかしこれは、かなりに稀{まれ}な話の展開でもあった。

 

その不満もあって、荒生田は今度は到津を、街の中心部に着陸させようともした。

 

 もちろんそれも、街中が大混乱になると、孝治と秀正のふたりで猛反対したのであった。

 

 ふだんはまったく逆らえない先輩に歯向かう行為は、孝治たちに凄まじいほどの勇気を消耗させた。しかし自己顕示欲の塊である荒生田は、とにかくドラゴンに跨{またが}るおのれの勇姿を、一般市民たちに見せびらかしたかったようなのだ。

 

 だがけっきょく、カンカンガクガクの討論のすえ、荒生田は多数決で敗れた。最後の手段とばかり、挙手の数での採決となったとき、荒生田派は本人と裕志のふたりだけ。対する反対派は、孝治と友美と秀正の三人。いわゆる一票の差での敗北となったわけ(このとき残念ながら、涼子は数に入れられず⛔)。

 

 このような話の展開はともかくとして、荒生田がそれ以上のわがままを通さず、これにておとなしく引き下がった例は、非常に珍しいと言えた。それから未来亭に帰り着いて即、孝治は到津を黒崎に紹介した。

 

 その正体すべてを包み隠さず、本当のことを打ち明けて。

 

 これを承諾した黒崎は、その後しばしの思案に暮れた。それからすぐに未来亭の関係者全員を執務室に集めて、訓示を行なった。

 

「到津君の正体がドラゴンであることは、この未来亭の内部だけに留めておくがや。もしもこのことが街に洩れたら、いったいどれだけドえりゃー騒ぎになるか、この僕にも予測が付かんことだがね」

 

 ふつうに話を聞いただけなら、これは典型的な事なかれ主義であろう。しかし市の顔役としての黒崎の立場も、孝治には理解のできる話であるし。

 

 それでも孝治は、しっかりと耳に入れていた。次に続く黒崎のセリフを。

 

「まあ、到津君が当店に来てくれたのは、ひとつの僥倖{ぎょうこう}になるかもしれんがや。これから店のために、大いに頑張ってもらうがね」

 

 孝治は思った。

 

(やっぱ店長のやつ、到津さんば思いっきり利用する気になっとうっちゃねぇ☻☻)


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