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『剣遊記U』

第八章 銀の清算。

     (3)

 反応は絶無だった。

 

 荒生田と秀正が、黙々と帰りの準備に取りかかった。また、友美の魔術でようやく体力を回復させた裕志も、黙ってギターを背負い直していた。

 

 恋人(由香のこと)と命の次に大事であろうお気に入りの楽器に、ひとつでも傷が付いていないかどうか。念入りに点検を行ないながらで。

 

 このような状況となったで、もちろん到津は、さらなる慌て気味となった。

 

「ちょ、ちょっと皆さん、聞いてくれたあるか!」

 

「聞いたけど忘れた

 

 靴のヒモを結び直しながらで、孝治は冷たく言い放ってやった。

 

「もう思い出すのもやめとくけね♨ 人にあんだけ期待ばさせちょって、これがオチけ♨ たいがいにせえや♨」

 

「そんとおりったい♐」

 

 秀正も袋の点検を続けながら、到津に氷点下の目線を向けていた。これは全員、なんらかの行動をしていないと、今にも到津をしばきたい衝動を、抑えられない心境だからであろう。孝治ももちろん、その気持ちを嫌というほどに、胸に抱いていた。

 

「で、とりあえず里まで降りたら、そこで今回の案内料ば清算するけね♨ やけん、それまではなんも言うんやなかばい♨ あんたは無料なんち言うたとやけど、こっちとしてはさっさと手切れ金ば払いたい思いがしよんやけね☠」

 

「そう、わかったある♨ ワタシ言い方間違えてたあるね♨」

 

 秀正からここまで言われて、一見温和そうだった到津も、さすがに鶏冠{とさか}へときた感じ。孝治たちと出会ってから初めて、開き直り気味に言い返してきた。

 

「これは本当に本当に、ワタシの正体見せる必要あるのこと♐ 危ないのて皆さん、ちょっと離れてほしいだわね✋✊」

 

「おまえが離れんかい☠」

 

「はいある☂」

 

 荒生田のひとにらみで、到津はしょぼしょぼと、自分からうしろに引き下がった。そんな野郎どものやり取りを見ている友美が、孝治の左腕の袖{そで}を、右手でちょんちょんと引っ張った。

 

「ねえ、到津さんの正体ば、見らんと?」

 

 しかし孝治に、その気はなかった。

 

「見たけりゃ、勝手に見ればよかろうも♨ おれはもうね、あいつにゃうんざりばい♨ やけん、こん旅ば早よ終わらせて、さっさとお別れにしたいっちゃね✄」

 

「じゃあ、そげんする✑」

 

 友美があっさりと、孝治の袖から右手を離した。

 

『あたしも見よっと☆』

 

 涼子も孝治の頭越しに、友美のあとを浮遊して追った。孝治はそんな彼女たちに構わず、帰りの準備に専念した。

 

「いつもんことやけど、好奇心が旺盛っちゃねぇ✈ あれは幽霊やからやのうて、もともとそげな生前からの性格なんやろうねぇ✍」

 

 準備ついでに、自分でもつまらんっちゃねぇ――と思える小言を、孝治はそっとつぶやいた。

 

 その直後だった。背後から突然ピカァッと、強烈な閃光が煌{きらめ}く事態が発生した。


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