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『剣遊記U』

第八章 銀の清算。

     (2)

「皆さん、ケガないあるか?」

 

 以前(グール戦のあと)と同じで、どうやら一番最初に体力を回復させたらしい。到津が立ち上がって、全員に呼びかけた。

 

 その声に応え、秀正も立ち上がった。

 

「ああ、なんとかね♠」

 

 秀正は銀塊を詰めている袋を、しっかりと担いで走っていた。そのためだろうか、足腰が今もなんだか、多少ふらついている感じになっていた。

 

「命あってのものやけねぇ……っちゅうても、やっぱこれば持って帰らんと、律子から怒られまくりっちゅうもんやけ

 

「ゆおーーっし! そんとおりばい!」

 

 ここで荒生田がセリフに妙な力を込め、苦笑いを浮かべている秀正に同調した。もっともこの男の場合、自分でなにも持たず、後輩の裕志に全部押し付けていた。そんなつまらない理由があってこそ、誰よりもピンピンとしているしだいなのだが。

 

「これで店長の野郎に、ひと泡もふた泡も噴かせてやれるってもんばい☀ こんだけの銀の山ば見せてやりゃあ、奴{やっこ}さん、いったいどげな顔ばするか、今から楽しみってもんやねぇ♡ なあ、裕志よぉ♡」

 

「う……うん……☂」

 

 ちゃっかり手ぶらで楽勝をした荒生田とは大違い。重い銀塊をギターごと背負って全力疾走を強いられた裕志は、青くなりきった顔で、地面にベタァ〜〜ッとへたばっていた。これでは今からすぐに立ち上がるなど、とてもできない相談であろう。

 

「しょうがなかっちゃねぇ☠ 友美ぃ、裕志に『体力回復』の術でもかけちゃってや♣♦」

 

 この、あまりの不憫{ふびん}を見かねた孝治は、右手と左手のシワを合わせて、友美に頼んでみた。裕志かて、日頃から先輩に付き合って、日本中ば旅しよんやけ、それなりに体力あるはずっちゃけどねぇ――と、思いながらで。

 

 それでもすぐに、友美が泣かせるセリフを言って、裕志がへたばっている所まで駆け出した。

 

「よかっちゃよ♡ 孝治のおかげで、わたしなら平気やけ♡✌」

 

 それから全員の無事を確認したらしい到津が、ここでなぜか、突然の直立不動。大きな声で言ってくれた。

 

「ではこのワタシ、皆さんにお礼を言わないといけないだわね✍」

 

「なんねぇ、急に畏{かしこ}まってからに?☜」

 

 荒生田が訝{いぶか}しげに三白眼を光らせ、到津をにらみつけた。この一方で秀正は、別の観点から、到津に尋ね返した。

 

「礼やったら、こっちんほうが言わんといけんっち思うとやけどぉ……けっきょくいろいろ助けてもろうたけねぇ☜☞ それともこん城に、なんか深い因縁でもあったとね?」

 

 到津の顔が、ここでポッと赤くなった。

 

「恥ずかしながら、たくさんたくさんあったのよ✐✑」

 

 しかし力んでいる割には、彼の口調は、いつもとまったく変わっていなかった。しかも全員の『?』な眼差しを、まるで気にする様子もなし。

 

「とにかく皆さんのおかげで、ワタシ領主の呪縛から逃れられたあるよ♡ これでワタシ自由の身✌ 皆さんにとても感謝感謝するだわね♡☀♡」

 

「なんか、いっちょも話が見えてこんのやけどねぇ……☁」

 

 頭の上に何個もの『?』を旋回させるような気持ちで、孝治は口を『へ』の字に曲げてささやいた。すると到津が目ざとく孝治に顔を向け、語調にさらなる力を込めて言った。

 

「孝治さんあるね☞ いよいよあなた……いえ皆さんに、ワタシの正体バラすとき来たあるよ✌ だから心して聞いてほしいわや✌」

 

「「「「「しょうたい?」」」」」

 

 孝治を始め、この場にいる五人(友美、秀正、荒生田、裕志)の声が、見事な唱和となった。もちろん涼子も、ひと息遅れて言った。

 

『しょうたい?』

 

 これは孝治と友美にしか聞こえないけど。

 

「するてえと、なにか?」

 

 ここで一同を代表するわけでもないが、荒生田が一歩も二歩もしゃしゃり出た。それからかなりの剣幕で、到津に詰め寄った。

 

「おめえは『ワタシ実は人間ではないある☆ あなたたちを導いた神様だわね☀』とでも言うつもりなんけ?」

 

 これに自称野伏の到津が、こちらもかなりの苦笑いで応じた。

 

「ま、まあ……神様なんてガラとてもないけど、ちょっとは近いかなぁ……って思うてるあるね……☀☃」

 

「ええ加減もったいぶらんと、はっきり言わんけえ!」

 

 ただでさえ気が短いとの定評のある荒生田が、ついに得意(?)の癇癪を、ここでも大爆発させた。このときサングラスの奥で光る三白眼が、いつも以上に柳眉{りゅうび}を逆立てている様子が、やや離れて見ている孝治からもよくわかった――って、これも毎度の定番か。

 

「正直言うて、先輩はふだんからこれやもんねぇ☻」

 

 これは黙っておく。それよりもこのド迫力に、充分以上の恐れを抱いたようだ。攻められた当事者である到津が、まあまあと荒生田に、両手を前に出してなだめていた。おまけで慌て気味にもなっているようで、今度は語調を早めへと変換していた。

 

「わ、わかったある! 言うだわね! ワタシ、実は人間ではなくドラゴン{竜}あるよ♋☀」


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