『剣遊記U』 第八章 銀の清算。 (1) まさに間一髪! 孝治たちはメチャクチャ慌てふためきつつ、城門から城の外へと飛び出した。
その直後だった。城の断崖側半分が、ゴゴガガガガラガガアアアアアアンンッッと、激しい轟音や砂煙とともに、遥か谷底へ崩れ落ちていった。
急造らしい安普請と手抜き建築の最期であった。このため周辺には、濛々{もうもう}と粉塵{ふんじん}が立ち込める状況。だがやがて、山間を流れる清風が、これらの埃を綺麗さっぱりに吹き払ってくれた。それからようやく、孝治の視界に、全員の無事な姿が確認できるようになった。
荒生田がいた。裕志もいた。もちろん秀正と到津も。
全員うしろを振り返る余裕すらなく、一目散で全力疾走を強行したのだ。だから四人とも地面に這いつくばり、ぜいぜいと荒い深呼吸を繰り返していた。
とにかくこれにて、男性陣は皆健在。そうなると、あとふたり。孝治は最も心配する、最も大事なふたりのパートナーの名を呼んだ。
「友美ぃ! 涼子ぉ! どこおるとやぁ!」
もはや幽霊の存在を内緒など、カケラも頭になかった。だけどすぐに、返事がきた。
「わたしならここやけど、どこ見とうとぉ?」
「うわっち!」
孝治は思わず飛び上がった。それでも高さとしては、いつもの半分。とにかく飛び上がった理由は、友美の声が自分の背中から、いきなり聞こえたものだから。
「……うわっち?」
着地と同時に、孝治はうしろに振り返った。友美は孝治の背中で、おんぶをされた格好になっていた。しかも彼女はあっけらかんとした顔付きで、孝治に言ってくれた。
「なんビックリしたっちゅう顔しとんね☆ 孝治がわたしばずっと、おんぶして逃げてくれたんやない☀」
「うわっち、あ、そ、そうやっと……?」
言われて孝治は、自分自身の記憶を探ってみた。それでもあまり覚えていないのだが、どうやら逃げる途中で無意識のうちに、友美を背負っていたらしい。
だけども、あまりにも一生懸命で無我夢中であったものだから、その辺りの記憶が孝治の頭には、まったく残っていなかったのだ。
だけど友美の表情は、満面の笑みで満開の感じになっていた。
「孝治ったら脇目も振らんと、わたしばずっとおんぶしてくれたっちゃね☺ それも女ん子になって男んときより、体力がいくらか下がっとうとに、そげなハンデもものともしないでやね✊ やけんわたし、とってもうれしいとやけ♡♡♡」
「そ、そうけ……☁」
友美から思いっきりの感謝の言葉を贈られ、孝治は顔面の赤化を感じながら、右手で鼻の頭をポリポリとかいた。しかもなおかつ、これを見て冷やかしてくれる者が、例の幽霊なのだ。
『あ〜あ、相変わらずお熱いおふたりさんっちゃねぇ✌✌』
「うわっち! 涼子も生きとったとね!」
孝治はまたも飛び上がった。今度も友美を背中に、おんぶしたままで。それと言うのも、涼子が孝治の真上で、今も風船🎈のようにふわふわしたままでいたからだ。しかも城から出てもなお、発光球体の姿でいた。
現在は日中の陽光の下なので、青白いオーラの光は、ほとんど目に見えにくい状態となっていた。だけど空中に浮かんでいる様子だけは、なんとなくと言った感じで、よくわかっていた。
そんな涼子が、たった今である孝治のしょーもないセリフで、冷やかし口調から、やや立腹気味な感じのしゃべり方に変わった。
『幽霊が生きちょるわけなかでしょ! なんべんおんなじことば言わせる気ね♨』
「それはもうわかっちょうけ☠ いつまでも『灯り』んままでおらんで、さっさと元の格好に戻りや☄」
涼子の機嫌に付き合う気はないので、孝治は話の方向性を、速攻でわざと変換させた。すると涼子も、あっさりとそれに応じてくれた。お互い話を、深く追求する気はないようなので。
『それもそうっちゃね☀』
なお、涼子が人の形体に戻る手順は、球体化と逆だった。握り拳大の発光球がみるみるふくらんだ――かと思えば、それが体を丸めた格好の、涼子の姿へと変わっていった。
このような光景は、見せられる側にしてみれば、真にもって神秘的といえた。だけど当の本人にしてみれば、至って簡単な日常のひとコマなのであろう。
(いつかまた、こん力ば借りるときがあるっちゃろっか……♠♣)
涼子のいわゆる変身を見届け、孝治は自分でも珍しいと思えるくらい、真面目な気持ちで考えた。
確かにこの幽霊の能力は便利そうやねぇ――と。またなによりも、当の涼子自身が、とても協力的なもんやけ――とも。そこまで思考を巡らせて、孝治はブルブルッと、頭を横に振った。
(いかん、いかん! 涼子んことやけ、こいつすぐいい気になるっちゃけねぇ☠) (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |