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『剣遊記U』

第七章 銀の迷宮。

     (9)

「これでちったあ、気が晴れたっちゃね☀」

 

 外見的に見て、頭の中のもやもやがスッキリしたような汗をハンカチで拭きながら、荒生田が足元に転がっている石像(元ガーゴイル)のカケラを二、三個、右足で通路の奥まで蹴飛ばした。

 

 そのカケラの内の一個が、カンッカランッと軽い音を立てて、通路の壁に当たった。するとなんと、そのカケラが当たった部分がガラス細工のようにパリンッと、大きくひび割れをしたではないか。

 

「うわっち、あれ?」

 

 すぐに孝治はそれに気づき、うしろで控えている秀正や友美たちを呼んだ。

 

「みんなぁ、ちょっと来てみてぇ!」

 

「おっ? なんや?」

 

「なんがあったと?」

 

 孝治と荒生田のふたりで石像(本当はガーゴイル)に八つ当たりをしていた間、休憩タイムを決め込んで通路の隅でくつろいでいた秀正や友美たち後続陣が、なんだなんだと集まった。これは要するに、荒生田と孝治のコンビが危なっかしくて、しばらく近寄れなかったわけであるが。

 

 それはとにかくとして、孝治は壁に右耳を当て、左手でコンコンと軽く叩いてみた。ついでに他の部分の壁も叩いたが、ひびの入った所だけが明らかに、他とは異なる音がした。

 

こうなれば結論は、ただひとつ――と言えた。

 

「この壁、中が空洞になっとうっちゃよ☞ 外から見れば頑丈そうやけど、本当は薄っぺらになっとうみたい☟」

 

「ほんとけ?」

 

 秀正も孝治に倣{なら}って、壁を叩いて反応を確かめた。

 

「ほんとや✎」

 

 やはり音が軽いらしかった。こうなると本職である盗賊の血が、大いに騒ぎ出す――というものだろう。

 

「つまりぃ、この壁の向こう側に、たぶん隠し部屋みたいなんがある、ってわけっちゃね✌」

 

 秀正が推測した。ここで荒生田が短絡思考的に、舌舐めずりをして三白眼を光らせた。

 

「するてえと、この壁は単なる偽装っちゅうやつで、この壁の向こうに宝が隠してある、っちゅうことやな✋」

 

 だが、そんな期待感満々の先輩の姿を前にしても、秀正はまだまだ、慎重な態度を崩さなかった。

 

「……いえ、今までのことがありますし、まだ決まったわけじゃ……とにかくこん壁ば壊してみんと……✁✃」

 

「じゃあ、おれがやってみるばい✈」

 

 その気になった孝治の右足によるひと蹴りで、壁にボコッと、簡単に穴が開いた。

 

それこそ本物のガラスよりも、格段にもろい安直さで。

 

続いて荒生田、秀正、裕志、到津たちが総がかりで壁に挑めば、ものの一瞬で石造りの面だった物が、ボロボロと一同の視界から消え失せた。

 

あとにはたくさんの壁のカケラが足元に散らばるだけ。それから予想されたとおり、壁の向こう側には、新たな部屋が隠されていた。

 

すぐに発光球体の涼子が、崩して作った穴から中に飛び込み、室内を照らし出した。その青白い光の下にある物を見て、秀正がいの一番に歓喜の声を上げた。

 

「銀ばい!」

 

 さらに孝治を始め一同も、二番煎じを承知のうえで、同じ表現の喜び方を連呼した。

 

「銀だよ!」

 

「銀だぁ!」

 

「銀だわ!」

 

「銀あるよ!」

 

 誰がいったい、どんな言い表し方をしたのか、そのような横道は、もはやどうでも良し。とにかく隠し部屋のあちらこちらで、放置同然に散在しているレンガ大の固形物がオーラの光に照らされ、それがはっきりと銀色に輝いていた。

 

 つまりは銀塊{ぎんかい}。

 

 数はそれほど多いようには見えなかった。しかしそれでも、部屋の一角を占めている量は、充分確実にありそうだ。

 

「さ、さ、さあ……みんなで手分けばして、銀を外に持ち出すっちゃよ……♥♣」

 

 秀正は感激と興奮のあまりか、かえって冷静になったみたいだ。まさに慌てず騒がず、携帯式の皮袋を上着の懐{ふところ}から取り出し、床に散らばっている銀塊の拾い集めを開始した。

 

 何事も用意がよろしくないと、盗賊として失格なのだ。もちろん荒生田と裕志、到津も銀のカケラ拾いに、早くも夢中となっていた。

 

 孝治と友美はこの間、隠し部屋全体の様子を探るようにしていた。

 

 これも一応、護衛の戦士と魔術師の任務であるので。

 

 しかしそれなら、同じ戦士と魔術師である荒生田先輩と裕志はいったい――てな話になるが、この件は棚に上げておく。

 

 それよりも問題な出来事は、入り口(壊して作った穴のこと)から見て左側の壁一面の前を歩いていた友美が、急に変なことを言い出した展開にあったのだ。

 

「……えっ? な、なんなの……? ここんとこ壁が冷たく感じるっちゃよ!」


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