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『剣遊記U』

第七章 銀の迷宮。

     (8)

 この無名の城は戦争に備えた建物ではなく、やはりなにかを隠すために建造された物のようだった。その理由はさらに地下へと進むにつれ、待ち構える罠の陰険度が、ますます加速されてくるからだ。

 

 これはまさに、宝探しで城に侵入した者たちを、まるで撃退するかのようだった。つまり本当の戦争になった場合、味方の邪魔になるとしか思えない罠ばかり。それも通路を歩けば、どこからともなく何十本もの矢が飛んできたり――とか。ある部屋にあった箱を開こうとすれば、そいつの正体はミミック擬態獣{ぎたいじゅう}}であったり――とか。いきなり落とし穴が開いたり――とか。上がり坂になっている通路の上から、丸い巨石{ローリング・ストーン}が転がってきたり――とか。天井から突然、臭い下水がドバァッと降り注いだり――とか。笑い瘴気の充満した部屋だったり――とか。通路いっぱいにスライム粘液生物}が広がっていたり――とか。その他もろもろ。

 

 しかもそのどれもこれもが、そんなに致命的ではなし。それだけに罠にかかった側としては、持って行き場のない精神的苦痛――ストレスが溜まる一方なのだ。

 

 もしかするとこのストレスこそ、陰険な罠群の、本当の狙い――侵入者撃退のため――かと思えるほどだった。

 

「ええ加減にさらせぇーーっ!」

 

 すでに説明済みであるが、堪え性の無さでは定評のある荒生田なのだ。そんな男がいの一番に、癇癪玉を大爆発させた。

 

 さらに怒りの感情を最大級にぶち撒けて、闇雲に剣を振り回して荒れ狂う始末。

 

 これでは危なかしくって、剣が届く範囲内には近づけない。だけど凶暴化したい気持ちであれば、それは孝治も同じであった。

 

「きょうばっかはおれも先輩とおんなじやけぇーーっ!」

 

 やはり荒生田と並んで、闇雲な剣の振りまくり。とにかく怒りのはけ口を、どこかにぶち当てたいばかり。

 

案外気の合っている先輩と後輩である。

 

 こうなればいっそのこと、再びグールかオーガーでも出てくれば、これはむしろめっけもの。思う存分に戦って、ストレスの大きな解消が図れるというものだ。

 

「うわっち! こりゃちょうど良かぁ!」

 

 そんな風で暴れ足りなくて、体がウズウズ言っている孝治の瞳に映った物。それは通路の曲がり角でなぜか鎮座をした格好で置かれている、人型の胴体に頭がトカゲで背中にコウモリの羽根を伸ばした、一体の正体不明の白い石像だった。

 

 ふだんならこのような場合、「なんねぇ、これ?」と、謎の石像の登場に首を傾げなければいけないはずである。だが今の孝治に、そのような正常な判断力は、まるで皆無となっていた。

 

「こげんなったら、あればぶっ壊すったい!」

 

 などと、自分自身でも訳がわからないまま、とにかく後先なにも考えず。孝治は剣を大振りにして、一目散に石像へと斬りかかった。

 

「しばき倒しちゃるぅーーっ!」

 

「ゆおーーっし! オレにもやらせぇーーっ!」

 

 さらに荒生田までが、孝治に続いて石像に襲いかかる。もはや像がなんのためにこの場に設置されているかなど、毛の先ほどにも考えない感じ。とにかくふたり掛かりでの、連続連打滅多打ち。

 

 もう一度言おう。なんだか孝治と荒生田って、本当にけっこう、息がピッタリしているような。

 

 ここでタネ明かしを行なえば、この石像はもちろん、ふつうの石ではない。実はガーゴイル{石像獣}と呼称される、魔造怪物の一種であり、これも城が仕掛けた陰険的罠の、奥の手のひとつであるわけだ。

 

 その性質はふだんはただの石像と偽り、一見微動だすらしない。だが、いざ獲物が通りかかればたちまち怪物の正体をむき出し。牙をもろ出しにして襲いかかる、極めて優れモノの番人――いや番獣なのだ。

 

 だけど、孝治と荒生田のふたりでガーゴイルが動き出す前に逆に飛びかかり、ついには跡形もなくガンッ ドガッ バギッ グシャッ ゴンッと、粉々に打ち砕いてしまった。

 

 つまりおのれの使命を果たす暇{いとま}もなく、哀れガーゴイルはただの石ころの山となったわけ。

 

 孝治と荒生田の名コンビ(?)はなにも知らないまま、怪物を一頭倒したのである。


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