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『剣遊記U』

第七章 銀の迷宮。

     (10)

「うわっち? 友美、どげんかしたとや?」

 

 無論孝治は、初めはなにも感じなかった。しかし戦士である孝治よりも、友美は直感とイマジネーションを大きく発達させている、プロの魔術師なのだ。その友美がなにかを言い出せば、それはなにかが起こった――ということに間違いはない。

 

「壁が冷たいっち言うたとやけどぉ……どげな風にや?」

 

 孝治も気になって、友美が左手で指差す壁に瞳を向けた。それからさらに近づいてみると、なんとなくだが孝治も寒気を感じるようになってきた。

 

「ほんとや☢ なんか気色悪かっちゃねぇ☠」

 

 孝治は壁からいったん離れ、室内を見回した。そこでは涼子のオーラの光の下、荒生田たちが喜々として、銀塊集めに専念し続けていた。しかも当然、この部屋は密室なのだ。このような一定の温度で保たれている暗い部屋で(なんとなく忘れかけているが、ここはかなり地下深いはずでもある)、一部だけが極端に冷たい箇所があるなど、ふつうは有り得ない現象であろう。それでも孝治は、壁から感じる冷たい気配(のようなモノ)が、その度合いをますます強めていくように思えて仕方がなかった。

 

 これは孝治以上に、友美も同じ思いでいるはずだ。

 

「ね、ねえ、ちょっと変ばい☠ ちょっとこっち来て☁」

 

 友美が発光球体の涼子を、右手で手招きした。すると間髪を入れず、光の玉が飛んできた。

 

『変って、なんか出たと?』

 

 声の感じからして不思議がっている様子の涼子に向け、友美は問題である壁の一部を、左手で指差した。

 

「それが……なんかようわからんとやけど、とにかくこの辺ば照らしてみて☞」

 

『うん☁』

 

 友美が涼子に指し示した場所は前述のとおり、一同が壁を壊して入った部屋の入り口(ただの穴)を背中にした、左手の側である。そこに孝治と友美のふたりで照明役の涼子を引っ張った格好となったので、今度は部屋全体が真っ暗に近い有様となった。

 

「くぉらぁーーっ! 孝治ぃーーっ! こっちが見えんごとなったろうがぁーーっ!」

 

 当然の話、荒生田が烈火のごとく怒鳴り散らした。しかし孝治も、今はそれどころではなかった。

 

「うわっち! すんましぇ〜〜ん! ちょっとここんとこが気になるもんですからぁ!☢」

 

 孝治は荒生田の文句にも振り返ることすらせず、ひたすら壁の一点だけを見つめ続けた。

 

 そこは変な気持ちを抱かせる以外、特になんの変哲もない、ただの石の壁に見えるだけなのだが。

 

「な、なんねぇ……さっきよかどんどん、冷たい感じが強うなりようばい☠」

 

 もはや実感は明らかとなっていた。

 

「友美ぃっ! 退{さ}がるったい! 壁の向こうになんかおるけぇ!」

 

 はっきりと確信をして、孝治は叫んだ。得体の知れない邪悪な存在が、石壁の向こう――いや、壁そのものから、今から湧いて出ようとしているのだ。

 

 ところがそんな肝心なときになって、荒生田が裕志を伴い、のこのこと孝治に文句を言いに来た。

 

「おめえら、ええ加減に灯りば元に戻さんけ! これじゃ暗くて作業ができんばい♨」

 

 だが実際、このような呑気に付き合っている余裕など、今の孝治にはなかった。それよりも大慌てで両手を前に出し、力づくでふたりをうしろのほうへと押し戻した。

 

「だ、駄目ですぅ! 今ここに来ちゃあ!」

 

「こらぁ! 押し倒すんはオレがやることやろうがぁ!」

 

「やけん、それどころじゃなかですよ!」

 

 怒鳴る荒生田に、孝治は必死の思いで言葉を返した。

 

「この壁の向こうに、なんかとんでもないモンがおるみたいなんですよ! やけん早よう逃げたほうが!」

 

 だけど遅かった。

 

 友美が叫んだ。

 

「で、出てくるっちゃよぉ!」

 

 孝治もその声に振り返った。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 見ると壁の一部に、人型の青白い光が浮かんでいた。しかもその光は、現在室内を照らしている涼子の霊光と、明らかに同質のモノだった。

 

 やがて光が、孝治たちの見ている前で実体化。金属製の甲冑を身にまとう、騎士の姿へと変化していった。ただし、全体が赤黒く錆びていて、おまけに頭にかぶっている兜の下の顔の部分が、まるで闇のように暗かった。その代わりでもなかろうけど、顔面両目の位置からは、赤い異様なふたつの光を放っていた。

 

 両目以外の鼻や口などは、まったくわからないのだが。

 

 その騎士の姿を見た裕志が、恐怖丸出しで急激に顔を青ざめさせた。それでも精いっぱいの努力か。震える右手で、騎士を指差して言った。

 

「……も、もしかして……これって幽霊け?」

 

「違うっちゃよ!」

 

 友美が即座に、頭を横に振った。こちらのほうが、よほどしっかりしている――というものだ。

 

「これは幽霊やのうてレイス死霊}っちゃよ! 生きてる者への憎しみだけでこの世に執着しとう、最悪のファントム{悪霊}!」


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