『剣遊記U』 第七章 銀の迷宮。 (5) 翌朝――とは言っても、朝日とはまるで関係のない地下にいると、時間の感覚がだんだんと怪しくなってくるもの。それでもお昼近く(推定)になって、ようやく全員が目を覚ました。
あまりにも突然であった、オーガーとの戦闘疲れ。それと安全を保障された室内ならではの安心感が、一行に底深い安眠を与えてくれたようだ。全員きのうまでの疲労が、かなりに回復をしていた。
それから孝治たちは、いったん城外に出てから食事(もはや朝食か昼食かわからない?)を済ませ、いよいよ念願である宝探しを始めることにした。
発光球体の涼子が暗い地下通路を照らし、その下を荒生田が先頭に立って前を進む。さらにそのあとから秀正、到津、裕志と続き、孝治と友美でいつものとおり、列の殿{しんがり}を務めていた。
探索の開始から、早くも数刻。先頭の荒生田が前を向いたまま、うしろの後輩たちに、これまた早くも毒づき始めた。
「くそぉ! 行っても行っても、なんの変哲もねえ石の廊下の連続ばっかじゃねえか! そろそろ部屋のひとつかふたつぐれえ、あってもいいんじゃねえか!」
もともと荒生田が堪{こら}え性のない人間であることは、孝治を始め後輩一同、幼少の昔から知り尽くしていた。けれども今のしゃべり方からして、きょうはいつも以上に、イラついている感じもあった。
実際に行けども行けども、左右は石の壁ばかり。本当にドアらしい物が、一切見当たらないばかりに。
「そ、それがぁ……わからんとですよねぇ☁」
荒れる先輩に応える秀正も、今ではかなり自信がなさそうな面持ちだった。涼子の霊光のおかげで、表情が丸見えなので。
「おれが手に入れた古地図が、城のある場所しか書いとらんもんやけ……中の迷宮のことが、ちっとも書かれとらんとですよ☁ ほんなこつにこりゃ、確かに面倒臭がり屋が書いた地図ですばい☂」
「えーーい! 頼りにならん、ちゃーらんやっちゃのう! 到津はなんか知っとらんのけぇ!」
業を煮やした荒生田が、続いて案内人である到津に、攻撃の矛先を変えた。だけどもやっぱり、返事は同じ。
「そが〜に言われても……実はワタシも、この城の構造、よく知らないあるよ☁」
「こん馬鹿ちんがぁ! それじゃ案内料ば払わんけねぇ!」
やはり煮え切らない返答で、荒生田が吠えた。同時にこのとき孝治は、到津のセリフに大きな矛盾を感じた。
(うわっち? きのうはこん城に武器があるっちゅうこと、よう知っとうようなこつ言いよったとに?)
しかし孝治は、改めて考え直した。
(でも、今これば指摘したところで、たぶんおれひとりの独り善がりになりそうっちゃねぇ☢)
この矛盾には、現在孝治以外の誰も、まだ気づいていない様子なのだ。それに時間を無駄に潰したくもない。だから今は黙って成り行きに身を任せるよう、孝治は内心で自分に言い聞かせた。
(まっ、いつかわかることやけね☀)
このような孝治の思いなど、恐らく知るよしもないだろう。到津は荒生田への言い訳を続けていた。
「ワタシ、初めてこの城見たとき、まだ建造中だったあるね……ただ♐」
「ただ……なんね?」
荒生田がサングラスを光らせ、到津に尋ね返した。孝治はこのときも、まだ黙っていた。そこへ裕志が、そっと話しかけてきた。
「ねえ、なんかおかしいっち思わんね?」
「うわっち? なんがね?」
口では面倒臭そうに返しながらも、孝治は一応、裕志の話に聞き耳を立ててみた。その裕志は横目で、到津に目線を向けていた。
「あん人……城の建造中ば見たなんち言いようけど、この城確か、百年以上の昔の建モンやったよねぇ⛹ やけん、どげん聞いたかて、言ってることがおかしいっち、ぼくは思うとやけどぉ☁」
「それもそうっちゃねぇ……でもぉ✋」
話をひと通り聞いてから、孝治は自分の口に右手人差し指を立てた。つまり、「しいっ⛔」ってこと。
「あん人がおかしいっち思うんは、おれかてわかっとうけ✄ やけど、こん宝探しば終わったら、なんもかも洗いざらい白状してくれることになっとうけ、今はそれまで待っとくだけっちゃね✑」
「そ、そう……☁」
裕志は小さくうなずいてくれた。そのついでに、孝治は友美と秀正にも顔を向けた。
ふたりとも無言で孝治に、やはりうなずいた。つまりこの状況は孝治だけではなく、荒生田以外の全員が、到津の矛盾にとっくに気づいていた――という話であったのだ。孝治は『おれ以外はみんな馬鹿⚠』という考え方が、まさに大間違いの極致であることを、この場で改めて噛み締める思いになった。
そんな中である。いまだ矛盾に気づいていない様子である荒生田に、到津が返事を戻していた。
「この城造った領主、さど陰険って言われた人だっただわね☛ それで城のあちこち、特に宝に近いとこ、罠たくさんたくさん仕掛けたらしいあるよ☜☝☞☟」
「銀ば横領して隠すようなケチクサ野郎やけねぇ☻ それもありっちゃね✍」
秀正も到津に同調した。ところが荒生田は、これを鼻で笑う態度に終始した。
「アホくさっ! どげな罠か知らんけど、とっくの昔に腐って駄目になっとろうも!」
などと根拠もないくせに決めつけ、力任せに足元の石板を、右足でドスンと力強く踏みつけた。
これも特に意味のない、言わば八つ当たり的な行動だったのだろう。ところが、そのとたんだった。ガクンッといきなり、その踏みつけた部分が凹{へこ}んで、天井から大量の水が、土砂降り並みにバッシャアアアアアアアアンンと降り注いだのである。
列の殿{しんがり}にいた孝治と友美、それに灯り役として宙を先行していた涼子のみが、危うく水の難から免{まぬが}れることができた。しかし孝治たちの前にいた男四人(荒生田、到津、秀正、裕志)は逃げる暇{いとま}もなく、頭からびしょ濡れの有様となってしまった。
このあとすぐに、到津が言った。このときばかりは、やや恨みがましくなっている口調でもって。
「たから言うたある☢ 陰険的罠、たくさんたくさんあると☠」
荒生田の怒声が、暗い城内地下に木霊{こだま}した。
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