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『剣遊記U』

第七章 銀の迷宮。

     (4)

 今夜の寝床として決めた部屋は、未来亭の酒場の三分の一くらいの広さがあった。

 

ただし、室内は放置をされてから何年、いや何十年も経っている感じ。部屋の隅には壊れた机やタンスなどが、それこそ山積みのようにして置かれていた。

 

 実際に一行が初めて足を踏み入れたとき、部屋中が埃とカビだらけなので、まさに息もできない有様だった。

 

 だけど、友美と裕志の『清浄』魔術で掃除を行なえば、そこはなかなかの快適空間となった。まさに魔術様様である。

 

 さらにここでもやはり、交代で寝ずの番が必要なのだ。

 

 順番はくじ引きで決め、最初の当番は孝治となった。

 

「ふぁ〜〜あ〜〜❦❧

 

 野外での活動と比べ、刺激がまったく存在しない室内での寝ずの番は、世にある退屈の中でも、究極の名に値{あたい}するだろう。孝治は大アクビを繰り返し、ついでに何気なく周りを見回せば、みんながみんな気持ち良さそうに、いい気な感じで寝息を立てていた。

 

「ぐあがぁーーZ、ごあがぁーーZ!」

 

 荒生田など、豪快な鼾{いびき}のかきまくり。野外でこんな騒音を撒き散らせば、簡単に敵から発見されるのは当たり前。それこそ命がいくつあっても足りない――というものだ。もっともこいつの場合、敵をこれまた簡単に返り討ちとするかもしれないが。

 

 まあ、これが完全に熟睡している間は、孝治の身(操{みさお})の安全が保障されているわけでもあるけど。

 

 試しに先ほど一発、孝治は荒生田の頭を軽く、ボコッと蹴ってみた。

 

首の骨がゴキッと鳴ったくらいに。

 

しかし荒生田が睡眠から覚める様子は、まったくなし。これなら大地震が来ようが巨大台風が襲来しようが、平気で寝ていられるに違いない。

 

 孝治は頭を上げ、小さな声で、ある方向に呼びかけた。

 

「……涼子、起きとうけ?」

 

『なんね?』

 

 涼子は今も、発光球体の姿のまま。部屋の真ん中をふわふわと浮遊し、全体を青白く照らし続けていた。

 

『なんか用でもあると?』

 

 何度聞いても握り拳大である発光球体から返事が戻ると、孝治はなんだか、妙な気持ちになってしまう。もしかして人間以外の生物と人語で会話を行なえば、だいたいこのような感じとなるのであろうか。

 

 そんな本音を言葉には出さないようにしながら、孝治は涼子に話しかけてみた。ずっと小声のままで。

 

「いや、そげな風に光り続けて、ほんなこつ疲れんのやろっか? っち思うてね✐」

 

『やけん、初めに言うたでしょ♨』

 

 返ってくる涼子の口調には、『まだ、おんなじことば言うてからぁ♨』のニュアンスがありありだった。

 

『これはあたしの体が勝手に光っとるんやけ、体力の消耗とは関係なか、っち言うとるでしょ♨ ただ黙って座っとうだけやったらなんも疲れんのとおんなじなんやけね♨』

 

「……そげなもんけねぇ☁」

 

 涼子のやや立腹気味である説明に、孝治は今ひとつ納得がいかなかった。だけど、それ以上尋ねても、無駄な努力は間違いないようだ。孝治は質問の方向性を切り替えた。

 

「……やったらあとひとつ、訊いてもよかや?」

 

『なんね、もうひとつって♨』

 

 涼子の口調が、さらに面倒臭そうな感じへと変わっていた。それがわかっていても構わず、孝治は質問を続けた。

 

「おれも死んだら、涼子みたいなことができるようになるとやろっか?」

 

『う〜〜ん✍』

 

 セリフだけで仕草はわからないが、さすがに涼子も考え込んでいる様子。ふつうの人間の姿のときであれば、両腕を組んで頭を右か左にひねっているところだろう。しかし返答は、意外と早めに戻ってきた。

 

『それはあたしにもわからんっちゃねぇ✎✏ だって、大抵の人は死んだらさっさと成仏して、この世からおらんごとなるとやけ✍ あたしみたいにこの世に執着するほうが、けっこう少数派みたいっちゃよ✌ それよりそろそろ、交代の時間やなか?』

 

「うわっち、そうやった♐」

 

 あまりにも退屈だったので、ついつい涼子とのおしゃべりに、孝治は夢中となっていたようだ。だけどおかげで、見張りの交代が思っていたよりも早くなったようにも感じられた。

 

これもひとつのプチ僥倖{ぎょうこう}であろうか。孝治はすぐに、左隣りで寝ている裕志を起こしにかかった。

 

『あら? 荒生田先輩やなかったと? 確か孝治が一番で、先輩が二番やったでしょ♠』

 

 くじ引きの結果を無視している孝治を、涼子がとても不思議がっている様子。青白い光が、ゆらゆらと揺れていた。しかし孝治は、口元に右手人差し指を立て、涼子をしっと静かにさせた。

 

「ちょっと、声ば出さんといてや♣」

 

『う、うん……っち、あたしん声って、孝治と友美ちゃんしか聞こえんようにしとるとやけどねぇ⛔』

 

 さらに不思議がる発光球体姿の涼子に向け、孝治は長々と、自分の心情及び本音を吐露{とろ}してやった。

 

「先輩が熟睡しとらんと、おれ自身が安心して眠れんけねぇ☠ それにもともと、寝起きがすっげえ凶悪レベルで悪か人なんやけ☃ やけん、怪物よか先輩の変態ぶりとわがままんほうが、おれはよっぽど怖いっちゃね☠⚠」

 

『孝治も苦労ばしよんやねぇ⛑』

 

 口調から察するところ、涼子も納得してくれたようである。


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