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『剣遊記U』

第七章 銀の迷宮。

     (3)

「いっけない! 荒生田先輩、怒っちょうみたい!」

 

 すっかり涼子に関心を向けきっていたためであろう。友美が荒生田の大声で、通路でぴょんと飛び上がった。もちろん飛び上がるという驚き表現であれば、孝治も負けてはいなかった(?)。

 

「うわっち! やばっ!」

 

 友美よりも遥かに高く飛び上がり、天井に頭をガツンとぶつける意地(?)を見せてやった。それから慌てて涼子に言った。

 

「と、とにかく、涼子は友美が魔術で出した光っちゅうことで、これに徹してや!」

 

『わかっとうって☀ ちゃんと心得とうけね うふっ♡ なんだかおもしろいことになりそうやねぇ♡』

 

 発光球体の姿になっても、涼子の性格自体も、やはりなんの変化もなさそうだ。そんな涼子が笑みをにじませた声音でもって、ふわふわと友美の頭の上まで移動した。このようなかたちにすれば、友美が魔術で創った光の玉――としか、周りの連中には見えないだろう、たぶん。

 

 とりあえず灯りの問題は、これにて良し。孝治はほっとひと息吐きながら、荒生田たちを大声で呼び返した。

 

「先ぱぁーーい! 用意できましたけぇーーっ!」

 

「おお、そうけそうけ! おおっ! こりゃ凄かぁ!」

 

 すぐに荒生田たちがドヤドヤと押しかけ、涼子が変じている発光球体を目の当たりにするなり、一同そろって感嘆の声を上げた。

 

「凄かっちゃねぇ! これほんなこつ、友美ちゃんが創った魔術の光なんけ?」

 

 さすがに同業の魔術師なだけあって、裕志が一番に興味を示していた。おまけに間近まで近寄って、発光球体をマジマジと観察まで始めてくれた。

 

 この場合、ふつうの光や光線とは違って、オーラや魔術で創り出した光は、目👀にまったく痛みを感じさせない特徴がある。それでも孝治はその様子をうしろから見つめ、実はハラハラドキドキ気分で、裕志の背中に無言で訴えていた。

 

(あんましジロジロ見らんでほしかっちゃねぇ☠ 涼子が恥ずかしがるけ✄)

 

 無論、(基本的には)ふつうの人間である孝治なのだ。自分の精神を人に送りつける魔術の技など、あろうはずがない。案の定、心配をしたとおりの結果となった。

 

「あれ? こん光、急に青から赤に変わったっちゃよ☞」

 

 いきなり球体の光が変色。ビックリしている裕志に孝治は内心で、ほら言わんこっちゃなか――と、舌打ちを繰り返した。

 

 また、これとは別で、秀正が盛んに誉めちぎっていた。友美を。

 

「いける! こげな便利な光があれば、どげな暗い中でも鍵開けが楽チンやけね☆ やるったいねぇ、友美ちゃんよぉ!✌」

 

「え、ええ……☁☻」

 

 誉められている友美はもう、徹底的に照れ臭い気持ちでいっぱいなのだろう。顔面が真っ赤っかに染め上がっていた。この恥ずかしいであろう気分は、付き合いの長い孝治にも、充分以上に伝わっていた。

 

(ほんとんこつが言えん分、友美もきついっちゃねぇ☠ 日頃から嘘が言えん性格なんやけ☢ やけど涼子んこつも、バラすわけにもいかんけねぇ☃)

 

 しかし同時に、盗賊である秀正が光を有り難がる理由も、孝治はこれまた充分以上に理解していた。

 

 実際盗賊は、探索地の出入り口の解錠や鍵のこじ開けなど、手先を器用に使う役回りが多いもの。しかも彼らの仕事場は大抵の場合、光の差さない閉ざされた空間がほとんどなのだ。そのような理由で、角燈{ランタン}などの照明器具が必要不可欠となるわけ。だけどひとりの場合、片手で灯りを持ち、もう片方の手で解錠となると、とてもではないが、これでは仕事の能率が上がらない。だからと言って、相棒である戦士に灯りを持たせると、この間敵に対する警戒ができなくなる。

 

 それだからこそ、両手を使っての解錠に専念ができ、しかも戦士が充分に周辺への警戒を行なえる、自ら浮遊する光が存在すれば、これは本当に大助かりものなのだ。

 

 従って友美には、この際嘘でも押し通していただく。とにかくこれにて、照明が一応調達されたわけ。おのれの面目も立ったところで孝治は率先して、通廊のさらに奥のほうへと、一同の歩みを進めようとした。

 

「それじゃあ早速、宝探しば始めましょっか♡ では先輩も参りましょう♡」

 

 ところが荒生田の次のひと言で、孝治はズデーンと引っくりコケた。

 

「いいや✁ きょうはもう寝る✃」

 

 後輩を散々急き立てといて、このセリフ。孝治は当然、納得できない気持ちでいっぱいとなった。

 

「な、なしてですかぁ、先輩! こげんしてやっと、光まで用意したっち言うとにですよぉ!」

 

 だけど荒生田の言う理由――というより言い訳は、実に明快そのもの。

 

「だって、もう夜遅いんだもぉ〜ん★」

 

 ベテラン戦士の威厳にはまるで似合わないセリフをほざいて、孝治を再び、ズデーンとコケさせてくれた。

 

 こんないい加減なサングラス戦士は脇に置いて、秀正がきちんとした理由を言ってくれた。

 

「まあ、そげん怒るなって☻ 実は到津さんが、おれたち全員が楽勝で寝れて、しかも警戒しやすい安全な部屋ば見つけてくれたっちゃね⛾ それに先輩も『きょうは寝るばい☕』なんち言い出すもんやけ……実際おれかて疲れとうけ、先輩に反対はせんかったと✊ やけん孝治と友美ちゃんも、きょうはもう休めや⛱」

 

「……そ、そうけ☁」

 

 いまだ半分絶句の思いながら、孝治もようやく納得の気分になった。どうやら孝治と友美で涼子の発光化に気を取られていた間に、残りの男衆四人で、今夜の寝床を探していたらしい。時刻は早くも、夕方過ぎとなっていたようだ。なにしろ城の地下にいると、外の様子がまったくわからないので。

 

とにかくそれなら孝治とて、反対する理由も必然性もなし。やや渋々的ではあるけれど、みんなの決定に従うことにした。

 

「どうせ先輩といっしょの部屋になるっちゃろうけ、先輩だけ徹底的に警戒せにゃいけんっちゃね☠」

 

 孝治はひとりでこっそりと愚痴ってやった。情けない。


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