『剣遊記U』 第七章 銀の迷宮。 (2) 「ウィル・オー・ウィスプけぇ……✐」
孝治も涼子が初めて登場したときの騒動を思い出した。さらに深夜、森の奥地や墓場でぼんやりと青白く光りながら宙を漂う、発光球体の話も。
「光の精霊っとか落雷の放電っとか、いろんな説があったとやけど、まさかいっちゃん有り得んっち思いよった死んだ人の霊魂が、そん正体やったっちねぇ……まあ、涼子がそれば証明してくれたわけやけどね✍」
今にして思い返せば、まさにそのとおり。涼子が初めて姿を現わしたとき、まずは青白いオーラを発してからだったはず。
『そうたい✎ あたしも死んでから初めて、ウィル・オー・ウィスプの正体ば知ったっちゃよ✏ まさか自分がそげんなるなんち、夢にも思わんかったけどね♐』
完全に握り拳の大きさとなっている発光球体から、涼子の声が聞こえてきた。もちろんいつもとなんら変わらぬ、元気溌剌いっぱいのしゃべり方で。また、当事者であるにも関わらず、どこか他人事のような口調でもあった。
「そ、それで……大丈夫なんけ?」
かなり緊張気味な思いを自覚しながら、孝治は宙に浮かぶ発光球体に尋ねてみた。すると発光球体からは、キョトンとした顔付きを連想させるような返事が戻ってきた。実際に表情など、わかろうはずもないけど。
『大丈夫って、なんが?』
とにかく形体が変化をしても、発光球体は涼子そのものに間違いはなかった。従って人格に変わりがないとわかれば、もう球体を涼子といつもどおりに呼んでも、まったく差し支えないっちゃろうねぇ――そんな風に考えて、孝治は改めて、涼子に尋ね返してみた。
「ほ、ほらぁ……や、やけんねぇ……?」
見事に舌を噛んだ。代わりに友美が、涼子に尋ねてくれた。
「つまりぃ、体んかたちばそげん変えたうえに光まで出して、ほんなこつ大丈夫ってことっちゃよ✍」
「そ、そう言うことやけ……☁」
さすがは友美である。孝治の言いたかった質問を、完ぺきに代弁してくれるのだから――と言っても、このままでは孝治自身の面子が立たない。孝治は気を取り直し、涼子再び尋ね直した。これでけっこう、懲りない性格なものだから。
「と、とにかく、なんか霊力っち言うたらええんやろっか、そげな力の消耗ってことにならんとね?」
『なんね、そげなことね☻』
この瞬間、球体からの光がなんだか揺らいだように見えたのは、涼子がくすっと微笑んだからであろうか。ふわふわと宙に浮く涼子の丸い姿(?)は、まるで光る風船🎈のようでもあった。
『なん訊くんやろかっち思うたら、それは大丈夫やけね✌♡』
やはり口調は、どこか他人事である。
「そ、そうけ☁」
それでもとりあえず涼子の返答で、孝治はほっとひと安心の気持ちになった。だが涼子の説明は、まだ終わっていなかった。
『まあ、あたしはいつもは人ん格好ばしちょるんやけど、こげんして小さく丸まって光っちょるんも、幽霊のひとつの姿らしいっちゃね✍ ただこの格好やったら体が勝手に光ってオーラが目立ちすぎるけ、ほとんどの幽霊やってる人はふつうの生きちょう人に見えんよう、死んだときそのまんまの姿で、この世ばさまよっとるらしいんばい✍ まあ、たまに物好きなんが今のあたしみたいな格好で飛び回って、世間からウィル・オー・ウィスプなんち騒がれちょうらしいけどね✌』
「ふぅ〜〜ん、そうけぇ☚☛」
涼子の長い説明で、孝治はまたひとつ、薀蓄{うんちく}を学習した気分になった。
「幽霊は人ん格好ばしちょったら姿が見えんとやけど、そげんしてウィル・オー・ウィスプになっちょったら、光って目立ちすぎるわけっちゃね☎ これでおれたちゃひとつの勉強になったとやけど、涼子はそれば、誰から習ったとや?」
『知らんばい♠♣』
ついでに訊いてみた質問は、涼子から簡単にはぐらかされた。
「あ、あんねぇ♨」
孝治の根本的疑問に涼子は答えないままだが、それを深く追求することはできなかった。なぜなら荒生田の怒鳴り声が、通路の先から轟{とどろ}いたからだ。
「くぉらぁーーっ! 孝治ぃーーっ! いつまで待たせるつもりけぇーーっ! 早よせなしばき倒して押し倒すけねぇーーっ!」 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |