『剣遊記U』 第七章 銀の迷宮。 (14) 実は孝治も、あまり深く考えての行動ではなかったりする。
早い話が、壁から差し込む光を見たとき、いきなり意味もなく湧き上がった、一種の破壊衝動だったと言われても、これにはまったく否定ができないのが行動理由であったわけ。言わば先ほどの石像(ガーゴイル)壊しと、ほとんど変わらない心境だったのだ。
「てめえーーっ! てめえはなんの考えも策もねえで、こん非常時に馬鹿ん真似やらせたんけぇーーっ!」
「うわっちぃーーっ!」
「皆さん、お取込み中のところ、レイス来たあるよ!」
荒生田の怒りが極限まで弾け、まさに孝治は絶体絶命の寸前だった。そこを到津がサングラス戦士のうしろエリ首を右手でつかんで、無理矢理グイッとうしろに引っ張ったのである。
「ぐぅえっ!」
おかげで首が、思いっきりに絞められたらしい。荒生田が一時的に窒息したようだ。しかし到津のこの機転がなかったら、レイスが再び両手を突き出して荒生田に触れる、まさに間一髪のところだったのだ。
銀のカケラ拾いに夢中となっていたはずのレイスであった。だがさすがに、おのれの馬鹿さ加減に気づいたらしい。本来の怨霊(?)に立ち返り、再度の襲撃をかけてきたわけだ。
だけど今度も全員、なんとかかわすことができた。到津が真っ先に気がついて、大声を出したのが大いに幸いとなったのだ。
一方で、襲撃をかわされたレイスは勢い余って、そのまま地下室から断崖絶壁の空中へと、その身――霊体を飛び出させた。御都合主義的にも、孝治たちで開けた壁の大穴に、自分から飛び込んだ格好で。
ふつうの怪物であれば、これにて奈落の底へと真っ逆さま――の場面であろう。しかしそこは、重力関係なしの霊体型アンデッド・モンスター。レイスは足の下が遥か谷底の空中で立ち止まり、くるりと孝治たちに振り返った。
「やっぱし……こいつにゃ弱点がなかっち言うとやろっか……☠」
部屋の中から宙に浮いているレイスを見て、孝治は本気でくやしくなって、くちびるを噛んだ。
ところがそんなときだった。空を覆っていた雲が割れ、急に陽{ひ}の光が急に差してきた。
気まぐれな深山の天候が、曇り空を晴れへと変えたのだ。
それから大した時間もかからずして、周辺が太陽の光に包まれた。同時に孝治たちの見ている前で、予想外の異変が起き始めた。
「見ろ! レイスが苦しんじょる!」
秀正が空中を右手で指差して叫んだ。
「うわっち!」
つられて孝治も瞳を向けた。そこでは確かに、騎士姿のレイスが、ものも言わずに宙でもがくような動作を始めていた。
いったいなにが原因なのか、孝治には皆目わからなかった。だがまるで、レイスがその身を火で焼かれているような苦しみ方でいるのは、実際に間違いはないみたいだ。
「あ……消えてく……☃」
友美が小さくつぶやいた。
まさに、そのとおり。レイスが断末魔らしきもがきを繰り返したあげく、やがてその姿を、霞{かすみ}のように薄れさせていった。
「……うわっち……消えたばい……✁✃」
締めの孝治のつぶやきどおり、あとにはなんの痕跡も残らなかった。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |