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『剣遊記U』

第七章 銀の迷宮。

     (13)

 思ったとおりと言うべきか、銀塊が当たったくらいでひび割れを起こすような、安っぽい壁である。なんだか拍子抜けをするほどに孝治の足が石の壁をガボッとぶち破り、またもや向こう側は、なにもない造りであることが証明された。

 

 行動をなるべく静かに、さらに口からは声も出さないつもりでいた孝治であった。それでも思わず叫んでいだ。

 

「ここの壁もさっきみたいに薄っぺらばぁい!」

 

 本当にドケチな領主なだけあって、どこまでも手抜きで安普請{やすぶしん}な城だった。この災害多発国家である日本列島で、きょうまで地震や台風などの惨禍を免れて現在に至る幸運は、これはこれで奇跡中の奇跡ではあるまいか。

 

 そこまでの大袈裟はともかくとして、孝治は右足を壁から引き抜いた。そのあとにはもちろん、ポッカリと大きな穴が開いていた。ここも最初に壊した石壁と同じで、圧倒的弱さのガラス並み建築だったのだ。

 

 だが、そうとわかれば、もう後先は考えなかった。

 

「この野郎ぉ!」

 

 剣で叩いたり、また蹴飛ばしたりして、孝治は壁のぶっ壊しに取りかかった。

 

「おっ? どげんしたや、孝治☢」

 

 後輩戦士の突然の奇行に、荒生田がおっとり刀で駆けつけた。それでもレイスに目を向けているところだけは、彼とて本職の戦士であることの証明だった。とにかく孝治は、すぐに返事を戻した。

 

「先輩もこん壁ば壊してください!」

 

「お、おう……

 

 丸っきり理解ができない様子であるが、孝治のド迫力に押されたようだ。荒生田も壁壊しに加勢をしてくれた。

 

 もともと物を壊したりバラバラにするのが、三度の飯よりも好きな性分でもあるので。

 

 これにてバリンッ ガシャンッ バキバキバキッと、室内に破壊音が鳴り響き、やがて地下室全体が、一気に明るくなってきた。

 

 これをさらに続けると、壁の外があらわに――と、そこはまさに絶景。遥か遠くの山並み――中国山地が手に取るように見渡せられた。

 

 この光景を瞳に入れ、孝治は今になって、城の構造を考え直してみた。

 

「そう言えばこん城……断崖絶壁に建っとったんよねぇ✐✑」

 

 なんのことはなし。地下とは言っても、断崖に沿って掘られているわけだ。これを例えれば、アリの巣をガラスの水槽で、横から観察するようなものだろうか――と、このような城のありようも、これまたそれはそうとして、まだまだ壁壊しは続いた。孝治は全員に声をかけた。

 

「みんなも手伝ってやぁ!」

 

「あ、ああ……☁」

 

「う、うん……☁」

 

「はいある☀」

 

 秀正と裕志、到津も加わり、壁の穴がどんどん大きく、ドカッ バキンッ ガッツンッと広げられていった。

 

 あいにく空には厚い雲が広がり、太陽が隠れていた。だけど、ここはすでに、地下室とは言えなかった。それよりもまさに、屋外そのものの露天の場――となったところで、一応壁壊しは終了。気持ちの良い汗をかいたであろう荒生田が、深呼吸を繰り返しながらで、孝治に尋ねてきた。

 

「で、やるだけやったみたいっちゃけど……このあとどげんすっとや?」

 

 孝治は軽く答えた。

 

「まあ、これで部屋が明るくなったかなぁ……ってね♥」

 

「ぬわにぃーーっ!」

 

 とたんに荒生田の三白眼がつり上がった。


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