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『剣遊記U』

第七章 銀の迷宮。

     (12)

 とにかく、ほんのひとさわりで、一巻の終わり。暗い地下でレイスの配下となって、未来永劫、生きる者を憎み続ける顛末となる。

 

 そんな結末を願っているに違いないレイスが、なおも執念深く、孝治たちを追い回す。

 

 そうはさせじと、孝治と荒生田のふたりで剣を振って斬りつけても、刃{やいば}は虚{むな}しく空を走るだけ。

 

「くそぉっ! こげんなったらもう、ほんなこつ全速で逃げるしかなかっちゃねぇ!」

 

 銀塊を詰めた皮袋を背負っている秀正が、くやしそうにうなっていた。また、その声を耳に入れたらしい到津が、無念そうに頭を横に振った。

 

「駄目だわや! レイスのほうが人がかっけらかぁする(島根弁で『走る』)より速いあるよ! 逃げてもすぐ追いつかれるある!」

 

「こげな重か銀の塊{かたまり}ばかついどんやけねぇ……こっちだって思いっきり走れんばい……

 

「銀……そう! 銀あるか!」

 

 このとき裕志の苦しまぎれから出たらしい愚痴が、到津の頭に、なにかを閃{ひらめ}かせたようだ。案内人役の野伏はすぐさま、自分がかついでいる袋から銀塊を一個、右手でつかみ出し、大胆にもレイスに向けて見せびらかした。

 

「ほら! あなたの大好きな銀だわや! あなた死んでもこれ好きだったこと、ワタシよく知てるあるよ!」

 

 するととたんに、孝治と荒生田に向いていたレイスの赤い目が、到津の持つ銀に反応した――いや、視界変更を行なったと言うべきか。

 

「ほら行くある!」

 

 このレイスの奇行を、脈ありと見たのだろうか、到津がレイスの立っている(正確には宙に浮いている)場所に向け、銀塊を思いっきりな感じで投げつけた。

 

もちろん銀塊はレイスの霊体を空気のようにしてすり抜け、うしろの壁にパキンッと、軽い音を立ててぶち当たった。

 

 壁に当たった銀塊は、床に落ちて三個に割れた――かと思うとなんと、驚くべき事態が発生した。レイスが目の前にいるふたりの戦士(孝治と荒生田)を置き去り。銀のカケラが散らばる壁の所まで、大慌てで宙をすべって移動したのだ。

 

「うわっち! なんやぁこいつ?」

 

 孝治は呆れた気持ちになった。また秀正も、真にもって浅ましいとしか思えないレイスの醜態を目の当たりにして、ため息混じりにつぶやいていた。

 

「なるほどやねぇ☂ 生前から欲深やったけ、レイスになっても怨念よか銀への執着んほうが強かってわけやね☃ でもそうとわかりゃ、銀塊をなんぼかエサにして、レイスがそれに気ぃ取られちょう間に、こん部屋から逃げ出せるかもしれんばい☀」

 

 孝治も秀正の閃き💡に同感した。

 

「もったいなかっちゃけど……それしか方法なかばいね☠」

 

「よっしゃ! 孝治ん言うとおり、もったいなかっちゃけど、おれがそればやっちゃる!」

 

 とにかくそうと決めれば、なんでも話は早いもの。孝治の同感は、そのまま秀正の決断となった。

 

 すぐに秀正は自分の袋から銀塊をひとつ、右手で取り出し、到津と同じようにして、それをレイスに向けて投げつけた。

 

 パッキィィィィンと、再び軽い音が鳴り響き、銀塊が壁に命中。破片がレイスの足元に散乱した。するとレイスが慌ててひざまずき、床に散った銀のカケラを拾い集めようとする。ところがそこは、霊体の悲しさ。拾おうとした破片はすべて、レイスの手をすり抜け。集めることがまったくできない有様であった。

 

(レイスは幽霊みたいに、ポルターガイストみたいな技ができんみたいやねぇ☁)

 

 孝治は声に出さないようにしてつぶやいた。実際、話に聞く恐ろしさから、およそかけ離れたレイスの無様ぶりを目の当たりにしたものだから。

 

 それでも油断なく、剣はしっかりと構えていた。

 

(人ば呪う邪悪な力ば手に入れた分、その代償も少なくないとやったら……皮肉なもんっちゃねぇ……うわっち?)

 

 このとき孝治は、レイスに向けている自分の愛剣の先が、なにかの光を反射していることに気がついた。

 

 しかもこれは、涼子のオーラの光ではなかった。それよりもどのように見ても、太陽のものとしか思えない光り方なのだ。

 

「ここって……地下何階やったっけ? そーとー深いとこっち思うちょったとやけどねぇ✄」

 

 目まぐるしく探索を続けているうちに、孝治はとっくにどうでも良くなっている現場の状況を思い返してみた。しかしそうは言っても、太陽光線が現に差し込んでいる状況も、まぎれもない事実のようである。

 

 孝治は非常事態中である現況をとりあえず脇に置き、不思議に思って光の出所を探してみた。すると、ある壁の一面にひびが走り、そこから光が漏れていた。

 

 現在の照明は涼子の霊光と、皮肉的にも同じ種類であるレイスが放つ光だけ。部屋全体はとても薄暗いのだが、それゆえにひびから見える光が、すぐに孝治の瞳に入ったわけなのだ。

 

 しかもその光が入ってくる壁は、到津と秀正が銀塊をレイスに向けて投げつけ、命中した所に間違いなかった。

 

「まさかねぇ……?」

 

 ここは地底深いはずの地下やのにぃ……なのになして、太陽がここまで届くとや――などと考えつつ、孝治はレイスに気づかれないようにして、こっそりとひび割れが走る壁のそばまで寄ってみた。

 

 幸いにしてレイスのほうは、いまだ銀塊拾いに、無駄な努力の真っ最中でいた。それでも背後に危険を感じつつ、孝治は渾身の力を込めて、右足で壁を蹴りつけた。


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