前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記U』

第七章 銀の迷宮。

     (11)

「レイスけぇ……また厄介なモンが出たもんばいねぇ☠」

 

 などと思わず舌打ちしものの、実は孝治自身も裕志と同じで、気分は思いっきりに青ざめていた。

 

 同じ死んだ人のなれの果てとはいえ、陽気な幽霊(その典型が身近にいる☞)とは違って、闇雲に生者を憎むレイスは、まさに迷惑の極み。なぜなら彼らは、命を保有している者を見つければ見境なく襲って取り憑き、精気を奪って死に到らしめてしまうからだ。

 

 その獲物が生前に自分と関わりがあろうがなかろうが、まったく完全無欠の関係なしで。

 

 ある都市伝説によれば、レイスに殺された者は遠からず自分自身がレイスとなって蘇{よみがえ}り、また新たな犠牲者を求めてさまよい続けるという。

 

 そんな恐怖のレイスが無言で、浮き足立っている孝治たちに迫ってくる。

 

 もともとレイスとして復活した時点で、すでに言葉を失っているのだ。さらに補足説明を加えれば、レイスは両足で歩いているわけではない。直立不動の姿勢のまま、床の上をすべるように浮遊して移動をしていた。

 

「こ、これ……!」

 

 そんなヤバい状態のときに、やはりレイスの甲冑姿を見つめている到津が、ここでなにか重要な記憶を思い出したらしい。いや実際に、重要な話であった。

 

「こ、このレイス……この城の城主だった男だわね! 鎧{よろい}に書いてある紋章、間違いないあるよ! ワタシ、それ覚えてるね☞」

 

「なぁ〜〜るほどね♠」

 

 荒生田が剣先をレイスに向けたまま、不敵な笑みを浮かべた。とにかくバカ度胸だけは、常人の十倍も千倍も自慢できる男であるからして。

 

脱税してでも、銀ば独り占めしようっちしたおっさんやけ、おのれがおっチンだあとも妄執が残ってレイスになっちまうってのも、当然な話ばい☛」

 

(相変わらず先輩は、百の戯言{ざれごと}ん中で、たまにまともなことばおっしゃるけねぇ✍)

 

 孝治も妙な感心を胸に抱きつつ、レイスを相手に剣を向けた。しかし敵は、実体のないアンデッド・モンスターである。

 

 孝治は叫んだ。

 

「先輩、どげんします! レイスはグールなんかと違{ち}ごうて、斬ったはったが通用しませんっちゃよ!」

 

 荒生田がこれに、いつもの怒声でやり返してくれた。

 

「やったら魔術で浄化ったい!」

 

「無理です!」

 

 これまた間髪を入れず、裕志が怯えきった裏声でわめ散らかした。

 

「グールやったらともかく、レイスほどの大モンになったら……ぼくぐらいの『浄化』の術やなんて、とても相手になりませんっちゃよ✄ もっと位{くらい}が高い坊さん僧侶)くらいの人の法力やないと駄目なんです⚠」

 

「えーーい! 肝心なときに役に立たんやっちゃのぉ!」

 

 真にもって理不尽極まる、荒生田の悪態ぶり。だけど今回ばかりは、孝治も同感した。そこで裕志が駄目ならもうひとりの魔術師と思って、孝治は友美に顔を向けた。しかし友美も、頭を横に振っていた。

 

「わたしも……無理☁」

 

「あかんわ、これ☠」

 

 孝治は戦いの最中に、深いため息を吐いた。そんなおのれの霊力の強大さと、絶対的有利性を熟知しているらしい。レイスがますます調子に乗ったかのごとく、両手を前へと突き出し、一気に距離を縮めてきた。

 

「うわっち! 逃げぇーーっ!」

 

 ため息から一転。孝治は大声で叫んだ。それをまた、合図としたかのように――だった。全員がレイスの魔手を間一髪の差で避けながら、それこそクモの子を散らすかのようにして、けっこう広い室内を、あーだこーだと逃げ回った。

 

 ただ闇雲に。メチャクチャに。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system