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『剣遊記W』

第四章 激! ワイバーン捕獲死闘編。

     (3)

「なしておれが生け贄になるとやぁーーっ!」

 

 鎧を脱がされ、ふつうの村娘の服装(それも遠くからでもよく目立つ、白っぽい格好)に着替えさせられた孝治は、湖から西に少しばかり離れた崖の岩場の中腹。そこに木の丸太を二本立て、両側から細めの紐に両手をくくり付けられた姿をしていた。

 

 沖台が村の長老から聞いた伝承によれば、大昔、暴れるワイバーンを鎮めるために若い娘を生け贄として、祭壇に差し出していた時代があったという。

 

 もちろん現在では迷信として、野蛮な風習は廃止されていた。それを今から、再現しようと試みているのだ。

 

 もともとワイバーンの凶暴な性質は、元から持っている本能である。従って、肉食性の怪物が生きた獲物――生け贄を見つけたら、絶対に興味を示さないはずがない。

 

 これは生物学の常識である。

 

 だからワイバーンを確実に捕まえる罠として、沢見たちはこの方法に賭ける勝負に出たのだ。

 

 古{いにしえ}からの教えに従って。

 

「で、従った結果がこれけぇーーっ!」

 

 丸太に縛られ、ジタバタと身を揺らすしかできない孝治に、沢見がシレッとした顔で応えてくれた。

 

「ったり前や✌ 罠にエサ(生け贄)使うんやったら、そこら辺の獣よりも、伝説どおり若い娘っ子使うほうが筋ってもんやろ☆」

 

「安心せい、孝治☆ オレの計算やったら、この作戦の成功率は九割八分七厘ってとこやけね✌」

 

「そん数字、たった今即行で考えたっちゃろ!」

 

 荒生田までが悪乗りをして、孝治をさらに逆上させてくれた。そこへ沖台といっしょに孝治を丸太にくくり付けていた裕志が、淡々とした口調で準備の完了を告げた。

 

「用意できましたばい☞」

 

「ちょい待ちんしゃい!」

 

 孝治は悪あがきを続けた。

 

「おれが言ったんは、老いぼれか病気持ちの弱ったワイバーンば捕まえることやったんやけねぇ! でもこれやったら、老若関係なしやろうがぁーーっ!」

 

「なんや☀ そんなこと問題あらへんがな☆」

 

 孝治の必死の訴えに、沢見は妙に自信ありげで応じてくれた。

 

「お隣りの中国では人食い虎の話がようあるようやけど、だいたい人を襲う虎っちゅうのは、たいがい老いるか病に侵されるかして、元気な獲物を獲れんようになったやつやねん✍ そやさかい、ワイバーンかておんなじようなもんやと、わいは思うで✐ そんなわけで安心せえや✌ この罠に引っ掛かるんは、弱ったワイバーンだけや♠♣」

 

「なるほど、そうけぇ……♥」

 

 沢見のセリフに孝治は納得――するはずがなかった。

 

「……って、そげなんで承知できるけぇーーっ! そん話、全部こじ付けやろぉーーっ! それにいっちゃん重要なんは、ワイバーンが罠に引っ掛かるよか、このおれの身の安全はどげんなるとやぁーーっ!」

 

「さあさあ、ワイバーンが来んうちに、わいらは隠れとこっか♪」

 

「孝治、重要な任務やけ☞ しっかり役目ば果たすっちゃぞ☀」

 

 わめきまくりの孝治を、そのまま放置。沢見と荒生田たちが、現場からさっさと退散した。


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