『剣遊記W』 第四章 激! ワイバーン捕獲死闘編。 (15) 「うわっちぃーーっ! もう駄目やあーーっ!」
もはや後方を顧みる気にもならず、孝治は大急ぎで逃げ出そうとした。そこをなぜか、涼子が孝治と友美専用の大声で呼び止めた。
『ちょっと待って! 孝治……☞』
「しゃあしぃーーったい!」
孝治は構わず、全速で走ろうとした――のだが、涼子の次のセリフで、その足をピタリと急停止させた。
『ワイバーンがのびちゃったばい☛』
「うわっち! ぬぁに?」
立ち止まってみると、辺りはいつの間にか、静寂に包まれていた。おまけにワイバーンの吼え声さえも聞こえなかった。
これって……嘘やなかろっか――と、孝治はすなおにうしろへと振り返った。
洞窟の周辺には、もうもうと土煙が立ち昇っていた。やがてその煙が晴れた下には、信じられない光景があった。
「……こげなことって……ありなんけ?」
そこには周囲にガレキをばら撒き、洞窟から無理に這い出ようとしていたワイバーンが、物の見事に赤い舌を出して寝そべっていた。
その姿は遠目で見ても、ピクリとも動く気配がなかった。
「わたし……ちょっと見てくるけ☟」
友美が抜き足差し足忍び足で、ワイバーンに注意深く接近を試みた。
やはり大した度胸の持ち主である。
孝治はこの間、遥か遠くに逃げている荒生田たちを呼んだ。
「みんなぁーーっ! ちょっと待ってやぁーーっ!」
それにしても今さらながらに、荒生田たちの逃げ足の、速いこと速いこと。孝治と友美よりもずっと遠く、森の中まで逃げ込んでいた。
このズルい話は、今は棚に上げるとしよう。とにかく沢見と沖台が、すぐに回れ右をしてくれた。
ふたりの戻る足付きが逃げ腰な有様も、もはや問わないようにしよう。逃げ腰でいる者は、孝治も同様であるからだ。それでも呼び止めた者としての立場上、孝治は恐る恐るワイバーンに近づいて、沢見たちに状況を右手で指し示した。
「これば見てん……☛」
「な、なんや?」
沢見と沖台も、恐る恐るながらで戻ってきた。ワイバーンはうつ伏せの格好のまま、身動きひとつしなかった。だけどワイバーンの鼻先で呼吸の有無を調べていた友美が、孝治たちに向かって断言した。
「……まだ生きちょうばい✌ 心臓かてピクピク動いとうようやし☟」
「これはいったい……どういうこっちゃねん?」
「どうって……言われたかてぇ……☁」
沢見からワイバーンの急な失神理由を尋ねられても、孝治にわかろうはずがなかった。そこで答える代わりに苦しまぎれで、そっと背中に控えている幽霊――涼子に訊いてみた。
「……涼子はなんか見とらんやったね?」
これに涼子は、あっさりと答えてくれた。
『別になんてことなかったばい☀ ワイバーンの頭にでっかい岩が、ガツンッち当たっただけやったけ☠』
「あっ……そうなんけ♠」
涼子に言われて、孝治も思い出した。そう言えばワイバーンの咆哮に混じって、なにか固い物同士が衝突するような、『ガツンッ』としたにぶい音が聞こえていたことを。
それはまあとにかく、確かに原因は、実に呆気ないものと言えた。孝治はすぐに、沢見に答えた。
「……ふぅ〜ん♐ 岩が頭に当たったっちゅうことやそうです☚」
「孝治はん☞ いったい誰と話しとんや?」
「うわっち!」
沢見からのヤバい指摘を、孝治は愛想笑いでごまかした。
「ま、まあ……それは置いといて、ですねぇ……はははっ! 問題はワイバーンですっちゃよ☀」
笑いながらで孝治は、改めてワイバーンを眺めてみた。確かに涼子の言ったとおりの大岩が、ワイバーンの頭近くにゴロンと転がっていた。しかもその岩は、見事真っ二つに割れてもいた。
「こ、これたい! これですっちゃよ! この岩がまともに命中したもんやけ、ワイバーンが気絶したとですよ、きっと!」
孝治は指摘をごまかす本音でもって、大袈裟な動作で岩を右手で指差した。
「……なるほどぉ、そう言うことかいな☆」
幸いにも沢見は、これ以上のツッコミを収め、孝治の説明に納得をしてくれた。さらに沖台もワイバーン近くの崩れた崖に寄り、素朴な疑問を沢見に尋ねていた。
「そやけど……さっきはあんなに岩の塊を喰らって平気やったワイバーンが、どうしてこんな大したことない岩でのびちまったんでしょうかねぇ?」
「そやなぁ……☁」
沢見も初めは、両腕を組んでぼやいていた。それから彼なりに、推測が完了した模様。
「わいにもようわからへんのやけど……まあ、今度だけ当たり所が悪かったんちゃうか? そうとしか思えへんで☀ まあ、とにかくケガの功名なんやけど、ワイバーン狩りに成功したっちゅうことや☆ これでええやないか☆」
「そうですね★」
何事も大事さえ良ければ小事は斬り捨て。沢見の前向きな話の締めくくり方に、弟分である沖台も賛同した。
もちろん孝治とて、もはや異論ははさまないつもりでいた。とにかくこれにて一応、危ない冒険が終了したわけであるから。
「まっ……今回の旅も、無事に命拾いができたっちゅうことっちゃね☀」 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |