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『剣遊記W』

第四章 激! ワイバーン捕獲死闘編。

     (12)

「兄貴ぃーーっ!」

 

 崖っぷちにいた沖台が、大きな悲鳴を上げた。そこを狙ってか、ワイバーンも再び金属音のような、グアガアアアアアアッという雄叫びを張り上げた。

 

「うわっち! 危なかっ!」

 

 これまた間一髪! 孝治はアンドロスコーピオン{半蠍人}――沖台の長いサソリ型しっぽをとっさに両手でつかみ取り、グイッと引っ張って、なんとか難を免れさせた。

 

 ここで孝治の機転がもう少し遅かったら、沖台はワイバーンの発する衝撃波で、体を空中へ巻き上げられたかもしれなかったのだ。

 

「す、すんまへんなぁ……✌✎」

 

 礼を返す沖台には振り向かず、孝治はさらに、大きな声でわめき立てた。

 

「あいついっちょん元気やばぁーーいっ! 老衰でも病弱でもなかっちゃよぉーーっ!」

 

「こりゃまずかっ! みんな逃げえーーっ!」

 

 今さら遅いが荒生田の絶叫で、全員が背後の森を目指して全力疾走。図体のデカいワイバーンならば、森林の深い繁みの中まで、追ってはこられまいと踏んだのだが……。

 

 ここでワイバーンの十八番{おはこ}。口から吐く火炎放射が、グゴボオオオオオオオオオッと逃げる狩人たちを追い詰める。

 

 怒りに任せてボオオオオオオオオッッと、森ごと孝治たちを焼き払うつもりなのだろうか。

 

「わちちちちちちちちっ!」

 

「先輩っ! 最悪の事態じゃなかですかあ!」

 

 熱がる荒生田に向かって、孝治は走りながら、声も甲高くに怒鳴り散らした。

 

 叫んでいる間にも周囲の樹木が紅蓮{ぐれん}の炎に包まれ、またたく間に退路がせばめられていた。

 

「こっちやこっち!」

 

 猛煙で息が苦しくなる中、沢見が右手で指差した方向をとにかく目指し、全員闇雲に走り抜く。その頭上では、怒りの収まらないらしいワイバーンが、これまた辺り構わず炎を吐きまくった。

 

「ああん! 森が焼けるぅ!」

 

 孝治に右手を引かれて走っている友美が、燃え盛る森林の惨状に、これまた甲高い悲鳴を上げた。

 

 筑豊の自然児として育った友美にとって、野山の破壊はなによりも耐えがたい、心の激痛なのだろうか。

 

「おれたちがワイバーンにチョッカイなんかかけたもんやけ、こげなことになったっちゃねえ!」

 

 森が焼けてつらい気持ちは、孝治も同じ。しかしワイバーンの怒りは、全員を丸焼きにしてもなお、到底鎮まる程度のものではないに違いない。

 

「裕志ぃーーっ! おまえの魔術でなんとかせえーーっ!」

 

 この期に及んで、荒生田がまたもや無茶をほざいていた。だけどほざかれた裕志にしても、とっくに対処のしようがないに決まっていた。

 

「駄目っ! 駄目っ! 駄目でぇ〜〜っす! 逃げるんで精いっぱいでぇ、呪文ば唱えるどころじゃありましぇ〜〜ん!」

 

「えーーい! 肝心なときに役に立たんやっちゃねぇーーっ!」

 

 自分の役立たずは棚に上げ、荒生田もいっしょにわめきまくり。やっぱ先輩は自分勝手の権化っちゃねぇ――と、それどころではない状況を承知で、孝治は深く再認識した。

 

「兄貴ぃーーっ! おれたちゃどこまで逃げればいいんですかぁーーい!」

 

 八本の節足をガチャガチャと鳴らしながら、沖台もわめいていた。しかしさすがの沢見も、すでに策が尽きたのご様子。

 

「アホたれぇーーっ! そないなことはワイバーンに訊かんかぁーーい!」

 

「ああ……もう駄目ばい……☠」

 

 ついに孝治も、この地で果てるのかと、とりあえずの覚悟を決めた。

 

 そのときだった。

 

『孝治っ! こっちこっち!』

 

「うわっち!」

 

 天の助けともいうべき涼子の声が、直接孝治の耳に飛び込んだ。

 

 もちろん今の声が聞こえた者は、孝治と友美のふたりだけ。だから並んで走っている荒生田や沢見たちは無反応――であるが、それはこの際、どうでもよし。

 

「涼子ぉ! こっちってどっちやあ!」

 

 周りに聞こえるかもしれない秘密バレも構わず、孝治は大声で尋ね返した。

 

『左手の方角ばぁーーい! 山ばくり抜いたみたいに、反対側まで通じとう洞窟があるっちゃけぇーーっ!』

 

「ほんなこつ!」

 

 孝治は走りながら、涼子が左手で指差している方向を凝視した。

 

 煙でかすんでよく見えない状態であるが、涼子は確かに、左の方角を指し示していた。

 

 これを嘘か真かなどと、迷っている余裕などない。

 

「みんなあ! 左に行くっちゃあーーっ!」

 

 こんなとき、孝治の甲高い女性声が、周囲によく響き渡った。

 

「なにぃ! 左けぇ! 茶碗ば持つほうじゃないっちゃねぇーーっ!」

 

「わかったぁーーっ!」

 

 もはや荒生田も沢見も、完全に疑う余裕なし。そろって左へと急旋回。裕志と沖台も付和雷同。事態はそれだけ、切羽詰まっていた。

 

 この間にも森林の火災が、ますます勢いを強めて燃え盛っていた。もしかすると、これを生き抜いて命からがら逃げのびたあと、大きな賠償問題が発生するかも――とは、今は考えないようにする。とにかく涼子の誘導で無我夢中のままに走っていると、すぐ前方に、洞窟が口を開いて待っていた。

 

 その奥に微かな光が見える様子から、確かに山の向こう側まで、道が通じているようだ。

 

 これはまさに、神が与えてくれた、最後の脱出路であろう。

 

「飛び込むったあーーいっ!」

 

 もはや誰が言っても同じ。孝治の掛けた号令で、全員迷わず洞窟に突入した。ただしこの洞窟には、ひとつの大きな問題があった。

 

「あかん! 入ってきおったでぇーーっ!」

 

 うしろを振り返った沢見が絶叫した。理由は洞窟の入り口が、けっこうな大きさ。そのためワイバーンまでがやすやすと、中まで追い駆けてきたのだ。


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