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『剣遊記W』

第四章 激! ワイバーン捕獲死闘編。

     (11)

「おらぁっ! てめえら!」

 

 孝治は最大限の怒りの形相のまま、友美の魔術で地上に降ろしてもらった。だけど目の前にいる沢見は、いつもとまったく変わりなし。終始冷静に、ひと言述べただけだった。

 

「ご苦労さんやったわ♪ 孝治はんのおかげで、予想以上に作戦があんじょううまくいったで♫」

 

 無論、今の孝治には、多少の美辞麗句など、まったく通じなかった。

 

「違うっちゃろ! おれが聞きたかとは、そげなお誉めの言葉やなか!」

 

 しかしいくら声を枯らしたところで、この大阪商人には、一向に動じる気配も素振りもなし。それがまた孝治にとって、非常に腹立たしいところなのだ。

 

 だけど沢見とは正反対。よせばいいのに荒生田は、孝治の神経を逆撫でするような、見え透いた『べんちゃら👅』を並べ立ててくれた。

 

「いやあ♡ 孝治、本当によう活躍してくれたっちゃねぇ♡♡ おかげでオレの面目も立つってもんやけ♡♡♡ おまえは最高の後輩ばい♡♡♡♡」

 

「しゃあしいったい!」

 

 孝治は荒生田の顔面真正面に、ボゴッッと左の拳{こぶし}をお見舞いしてやった。これはまた、孝治の唯一放った、怒りの一矢でもあった。

 

 ちなみに荒生田のサングラスは、やはり涼子が不思議がるとおりの無傷。

 

「ほな、話も済んだようやし、ワイバーンの回収と行きまっか♐」

 

「済んじょらん!」

 

 孝治の文句など、最初っから取り合わず。沢見がテキパキと、次の段取りに移っていた。

 

『あの沢見っちゅう人☞ 孝治よか役者が一枚も二枚も上手{うわて}っちゃねぇ✌✍』

 

 涼子の感心気味なつぶやきに、友美も納得のようにうなずいていた。

 

「……そげんみたいっちゃねぇ☜ やっぱしあれくらいのド根性と神経がないと、商人ってやっていけんのかもねぇ✍」

 

 友美も孝治に続いて、すでに地上へ着地済み。だが肝心の孝治は、すっかり腰砕けの有様。なので友美も、振り上げた拳の下ろし先を、なんだか見失ったような顔になっていた。

 

 本心では孝治と同じで、沢見たちに一発お見舞いをしてやりたかったのだが。

 

 そんなふたりが気の抜けた思いとなっている前だった。沢見が戦々恐々とした及び腰で崖下を覗いている沖台に尋ねていた。

 

「どや、和秀、下の様子はどないなっとんや?」

 

「へい✌ やっこさん、ジタバタもがいて……」

 

 沢見の弟分であるアンドロスコーピオン――沖台の返事が、なぜか途中で停止した。

 

「ジタバタもがいとって、それからどないしたっちゅうんや? 終いまではっきり言わんかい!」

 

 沢見が厳しく、沖台を怒鳴りつけた。これは孝治もすでに聞いている話であるが、沢見は別に短気ではなく、商人として確かな情報を求めているだけなのだ。

 

 しかしそれでも、沖台の口調は、しどろもどろだった。

 

「……へ、へい……まだぁ……生きてまんがな……☠」

 

 沢見が二度目の癇癪を爆発させた。

 

当ったり前やのクラッカーやないかい! 生け捕りにしたんやから、生きとらなあかんのやで♨」

 

 ここで孝治もハッと我を取り戻し、改めて沢見に文句を言おうとした。

 

「お、おい! こっちの話がまだ済んじょらんばい!」

 

 だがこのとき、崖の下からグルルルルルルルル……と不気味な感じのうなり声が、孝治の耳まで確かに伝わってきた。

 

「うわっち! えっ?」

 

 孝治は思わず、息を飲み込んだ。次の瞬間ズガガアアアアアアアアアアンンと、自分にかぶさっていた岩塊を一気に吹き飛ばし、傷だらけのワイバーンが巨大な翼を左右にババッと広げ、そのままひとっ飛びで、崖の上までバッと舞い上がってきたのだ。


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