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『剣遊記W』

第四章 激! ワイバーン捕獲死闘編。

     (10)

 ここまで事態が進んで、ようやくおのれが窮地に陥っている立場だとわかったようだ。

 

 ワイバーンが長い首を天に向けて上げ、さらにギュアガアアアアアアッと、まるで金属音のごとく吼え立てた。

 

 おまけに、この岩雪崩に一番近い場所で拘束されている孝治もまた、なぜか火事場の馬鹿力を大発揮。自分を縛っているヒモを、見事にブチブチブチィッと引きちぎってしまった。

 

「うわっちぃーーっ! うわっちぃーーっ!」

 

 これと時をまったく同じにして、ついに静観に耐えられなくなったのだろう。

 

「孝治ぃーーっ!」

 

 友美が自分の体を空中浮遊の術で宙に舞い上がらせ、全速で洞窟から飛び出した。

 

 しかも同じ魔術を使い、孝治の体も空中へと舞い上げた。

 

「浮遊っ!」

 

これを常識で語るならば、同時にふたつの魔術は使えないはず。それなのに友美は、それをやってのけたわけ。

 

 これを奇跡と言わずして、いったいなんと表現すれば良いものやら。

 

 とにかく間一髪! 孝治は崖崩れの修羅場から、見事脱出に成功した。

 

『凄かっ! 友美ちゃん、あたしよか飛び出すんが早かったばい!』

 

 涼子も遅ればせながら、現場に到着した。

 

 もちろん涼子も機転を利かせ、例のポルターガイストで孝治を助ける気だった――と、あとで言っていた。だけどそれよりも早く、友美に先を越されたわけである。ところが当事者の友美は、もう無我夢中の有様でいたようだ。とにかく自分のしでかした行為が、半分以上自分で掌握できていないようでもあった。

 

「わたし……そげん凄かったと?」

 

 ようやく孝治も友美も、気が落ち着いたらしい。空中にふたりして浮遊したまま、そろって真下を見下ろした。

 

 崖の下ではワイバーンが、岩に埋もれてもがいていた。

 

 これは一見したところ、一応生け捕りに成功したというべきか。あとは身動きができないように丈夫な縄で厳重に縛れば、これにて万全といった感じ――なんだけど、これで孝治の腹が収まるはずがなかった。

 

「友美ぃーーっ! 今すぐ、おれをあいつらん所に降ろすっちゃあーーっ! 今から全員しばき倒すけねえーーっ♨」

 

「ええっ! 降ろしてあげるけね♨」

 

 憤慨は友美も同様だった。そのため浮遊している孝治の体を徐々に降下させながら、日頃の友美からは考えられない、物騒なしゃべり方を続けていた。

 

 まるで孝治をけしかけるようにして。

 

「ひとりにつき、最低でも三十発はしばいてよかっち、わたしかて思うんやけ♨ だって、それだけんことば、孝治にしてくれたんやけ♨」

 

『うわあっ♪ 孝治も友美ちゃんも本気{マジ}で過激っちゃねぇ☆』

 

 完ぺきに激怒の域に達している孝治と友美。そんなふたりを空中で、うしろから追いつつだった。涼子はこれから始まる大騒動に、大きな期待と胸の躍動を感じているような顔をしていた。


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