前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記Y』

第五章 巌流島の決闘。

     (8)

 そんな沙織や大門の思惑とは、まったくの無縁だった。板堰は関門海峡を眼前にして、いつになったら参上するのかわからない荒生田を、ただひたすらに待ち続けていた。

 

 大介が用意をした丸椅子に砂浜で腰をかけ、終始無言のままの姿で。

 

 その板堰の周りには大介だけでなく、話の成り行き上から彼の世話役を引き受けている孝治、友美と、秀正、正男の四人も付き従っていた。

 

 さらにもうひとり――無論涼子もくっ付いているのだが、彼女の場合は、完全なる傍観役。早い話が野次馬である。

 

 これら重鎮や付き添い人以外の一般人は無用の混乱を防ぐ名目で、島から一切締め出されていた。従って勝敗の行方は、衛兵隊の公式発表を待つしかなかった。

 

 もちろん衛兵隊は、裏で賭け事が行なわれているなど、まったくの知らぬが仏となっていた。だが、それらの俗事なども関係なし。初めは無言で、潮風を受けていた板堰であった。だが正午を過ぎたらしい時刻になって、ようやく口を、おもむろに開いた。

 

声をかけた相手は、弟子の大介だった。

 

「すまんじゃろーが、大介、毛布を持ってきてくれんかのぉ⛑ このままじゃー肩がえれー冷えていけんけー⚠ それとじゃが、周りに火ぃ焚いてくれ☀」

 

「はいっ! さっそく火ば用意しますけ!」

 

 板堰の左斜めうしろで右ひざを砂浜に付けて控えていた大介がすぐに立ち上がり、事前に用意してあった厚手の青い毛布を、師匠の肩にそっとかけてやった。それから孝治たちに向き直り、頭を下げて頼み込んだ。

 

「悪いっちゃけど、ちょっと手伝ってくれんに☀ 先生からのご指示やけ☞」

 

「ああ、よかっちゃよ☺」

 

 気前よく了承すると、孝治と秀正、正男の三人で砂浜に漂着している乾燥した木の枯れ枝を集め、焚き火の準備に取りかかった。

 

 点火は友美の火炎魔術で一発着火。その友美が、板堰の左右二ヶ所で薪に火を点けながら、孝治に尋ねた。

 

「ねえ、どげんしてこげん天気が良かっちゃのに、火ば点けてあったまろうっちしようと?」

 

「戦士にとって、肩が冷えて固まるんは、時と場合によって致命的なことやけねぇ✍」

 

 いつもは魔術について、孝治は友美からいろいろと教えられる立場にあった。だけどもきょうはここぞとばかり、逆に戦士の蘊蓄を、孝治は友美に披露してやった。

 

「おれかてそうなんやけど、戦士はいつも鎧といっしょに肩当てば忘れんやろ☜ これは急な戦いに備えて、肩ば冷えから守るための防備なんやけ✌ やけん先生が着ちょるマントかて伊達なんかやのうて、そう言った意味があるとばい✐ それにいきなりの戦闘やったらいざ知らず、これは万全の準備ができる決闘なんやけ、先生も完全な体勢ば整えておきたいっちゅうとこやろっか♐」

 

『そげん言うたら剣豪先生、ずっと目ぇ閉じたまんまやけど、あれも意味があるっちゃろっか?』

 

 板堰の様子を真正面から眺めていた涼子も、ここで話に加わった。孝治は焚き火の準備中である秀正たちからいったん離れ(幽霊の存在がバレちゃまずいので)、涼子にも説明してやった。

 

「そんとおり! 海面の乱反射は目に悪いっちゃけねぇ♐ 先生は先輩の到着ば待っとっても、目の保護も決して忘れちょらん、っちゅうことばい♠♣」

 

 こうして説明を繰り返しながら感じるのだが、孝治はまさに、楽しい自慢話の場を得たかような気分に浸っていた。これはやはり、滅多にない機会でもあるし。

 

『で、その先輩は、いつんなったら来るとやろっか?』

 

「うわっち!」

 

 ところが肝心の荒生田の到着について涼子から突っ込まれると、孝治の口はとたんに湿りがちとなった。

 

「そ、それはやねぇ……ほんなこつ、いつなんやろっかぁ……☠♋」

 

 こればかりは実際、孝治にも皆目見当もつかなかった。それでもとりあえず、板堰が望む防寒準備は完了した。それから再び、長い緊張の時間が仕切り直しで一から始まった。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system