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『剣遊記Y』

第五章 巌流島の決闘。

     (6)

 島の砂浜ではすでに、板堰が闘いのすべての準備を整え、心静かに対戦相手の到来を待ち続けていた。

 

 しかし、肝心の対戦相手である荒生田は、なかなか巌流島にその姿を現わさなかった。

 

「おのれぇ、荒生田和志っ! 臆して逃げおったかぁ!」

 

 さらなる時代劇調の怒声を張り上げ、座っていた丸椅子をうしろに倒すほどの勢いで、大門がガバッと立ち上がった。腰のベルトに提げている日本刀――『虎徹』を抜きかねないほどの怒りようで。

 

そんな衛兵隊長の右隣りには、沙織が席を取っていた。

 

「大門隊長、そうあせらないでください☻ 今回の闘いは夕刻までに決着を図るということで、開始時間は特に決めていなかったのですから☎」

 

「そ、それは、そうなんだが……☹」

 

 沙織から物静かになだめられ、大門が憮然とした顔になって、渋々腰を下ろした。丸椅子は砂津が慌てて、元の位置に戻していた。

 

 今回の決闘に限らず、古来より戦士同士の対戦は特に開始時間を定めず、相手がなかなか来ないで我慢の限度を超えた時刻の結果で、勝敗を決する例が多かった。これならば、ある時刻を過ぎた時点において、闘いの優劣のはっきりとした見定めが可能となり、また時限までに現われなかった対戦者の逃亡の認定もできるからだ。

 

 要は荒生田が、夕刻までに現われるかどうかが、現時点での問題なのだ。

 

「とにかく対戦相手が決着時刻までに来なかったのなら、その時点で勝敗が決します☆★ それならばそれでも良いではありませんか✌」

 

「うっ……た、確かに……♋」

 

 沙織の正論を前にしては、気が短めである大門も、感情を落ち着かせてうなずくしかなかった。

 

 大門としては、小生意気でいい加減な野郎である荒生田が、板堰によってコテンパンに敗北する現場を、ぜひともこの目に焼き付けておきたいのだ。そのため剣豪の不戦勝も悪くはない話であるが、それでもやはり大門の胸の内に、歯がゆい気分が残る結末となってしまう――そんな気持ちであろうか。


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