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『剣遊記Y』

第五章 巌流島の決闘。

     (4)

 同時刻。板堰の対戦相手である荒生田は、いったいなにをしているのか――と言えば。

 

「へぇ〜〜♡ あしたは一対一の一騎打ちばやるんやねぇ〜〜♡」

 

「カズちゃん、頑張ってねぇ♡」

 

「なははははっ! ゆおーーっし! 任せときんしゃーーい!」

 

 繁華街の酒屋で、ナンパをした女の子たちといっしょ。豪遊三昧の真っ最中にいた。

 

 しかも飲んでいる酒量が、これまた半端ではなかった。ざっと上げれば、ウイスキーがコップで十杯。ワインが十四杯。ビールに至っては大型ジョッキで三十二杯の、見事な酒豪ぶりを発揮していた。

 

 二日前の夜、魔神千恵利によってタオル一枚の真っ裸で、男湯の天井からひと晩吊るされたのだ。それでも風邪ひとつ引かない、驚異的生命力の持ち主である。従って、これくらいの酒量であれば、当たり前以前の話とするべきか。

 

 なんとかは風邪を引かない――とも言うけれど。

 

 このような荒生田の破天荒な傍若無人ぶり。付き合いを嫌々強制されている裕志は、もう気が気ではなかった。

 

「先ぱぁ〜い……もう飲み過ぎですっちゃよぉ☠ もう帰ったほうがいいっち思いますっちゃけどぉ……☁」

 

 荒生田の豪傑ぶりには、もはや慣れっこのはずであった。しかしあしたが大事な試合ともなれば、さすがに気があせってくる。

 

「ぼくが聞いた話やと、剣豪の板堰さんはこの三日の間、ずっと部屋にこもって精神集中ばされとうらしいですよ✍ これじゃなんだか、『ウサギと亀』みたいやなかですかぁ☁」

 

 だけどもやはり、荒生田には聞く耳がなかった。

 

「しゃあーしぃったぁい! オレが聞いた話やったら、奴{やっこ}さん逃げたっち噂もあるっちゃけね! おまえはよけいな気ぃ回さんと、得意のギターば弾きよったらよかと!」

 

 荒生田が後輩の忠告に耳を傾けるなど、たとえ天地が引っくり返っても人類が滅亡しても、絶対に有り得ない。それどころか――である。

 

「きゃあーーっ♡ 裕志さんのギターば聴きたかぁーーっ♡」

 

「わたしもぉーーっ♡」

 

 取り巻きをしている女の子たちから、唯一の自慢であるギターの腕前を持ち上げられたら、裕志は弱かった。

 

「そ、そうけ……♥」

 

 満更でもなしに表情が緩む気になるのも、これはこれで無理もないだろう。ましてや、いかにも軽そうな風情の女の子たちに、あしたの試合の重要性など、わかろうはずがない。

 

「しょうがなかっちゃねぇ〜〜♥☺」

 

 けっきょく女の子たちから、おだてられた格好。裕志はギターの演奏を始めた。すると酒屋の盛り上がりが、さらに倍増する結果となった。

 

 結論として裕志は、荒生田の歯止め係としては、まったくの役不足なのだ。


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