『剣遊記Y』 第五章 巌流島の決闘。 (26) 「ああっ! おのれ荒生田ぁ♨ 待たんかぁーーっ!」
大門が日本刀を腰の鞘から抜き、慌てて追い駆けようとした。それを沙織が、大声を出して引き止めた。
「待ってください! 勝負は決しました! 勝利者は荒生田和志さんです!」
「し、しかし……☠」
抜いた刀の行き場を奪われた感じで、大門が砂浜で立ち止まる。その背中に沙織が、堂々とした口調で告げた。
「荒生田さんは、なにも卑劣な手段は使ってません! これは正当な勝利です!」
「うっ……た、確かに……異議も異論もない……♋」
ここまで言い切られては、さすがの大門も、愛刀『虎徹』を鞘に収めるしかなかった。
実に忌々しい結果であるが、今夜大門邸で開催する予定の祝勝会には剣豪板堰ではなく、チンピラの荒生田を招待しないといけない結末となったわけだ。
「あやつのために……わしが……か……☹」
大門が歯がゆそうに、くちびるを噛んだ。その一方で沙織は、自分の左隣りに控えている泰子だけに、そっとささやいていた。
「なんだかずいぶん、予想とは違う展開になっちゃったけど、まあ、万事うまく行ったって考えていいみたいね♡ これで賭け金のほとんどが、未来亭の利益として計上できるわけだもん♡」
泰子も小声で、沙織に応じた。
「そいでさぁ、剣豪板堰先生さの未来亭への専属も、こいで本決まりなんだがらぁ♡ なにからなにまでこんたにけっこうずくめだべぇ♡ でもわたす、ちょっくら反省してんだぁ〜〜☻」
「あら? なにがなの?」
上機嫌に少々水を差された気持ちになって、沙織は泰子に尋ね返した。これに泰子が、少しだけうつ向き加減になって答えた。
「男同士の勝負さに、よけいな手ぇ出しちゃったことなんだぁ☹ ヘタな小細工させんでも、闘いは堂々とできてたはずなんだがらぁ☛」
つまり、闘いの最中に突然吹いて板堰を困惑させた旋風は、シルフである泰子の仕業であったわけ。これこそ沙織が企んでいた、小さな策略だったのだ。
「そうねぇ〜〜☻」
沙織も少しだけ、なんか悪いことしちゃったなぁ〜〜の顔付きとなる。だけどすぐに、頭の中を転換。
「それはもう、言いっこなしにしちゃいましょ♡ すべてはうまく事が運べば、みんな最高なんだからぁ♡」
気持ちの切り替えの素早さも、沙織の大きな長所(と言っていいのか?)なのだから。
まあ、このふたりはとにかく、巌流島はいまだ大騒ぎの渦中にあった。しかし、すでに夕陽は沈みきり、辺りは焚き火の炎だけが唯一の照明となっていた。
またなによりも、荒生田と裕志の姿は島にはおろか、完全に関門海峡から消え去っていたのだ。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |