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『剣遊記Y』

第五章 巌流島の決闘。

     (24)

 これこそまさに奇跡――に加えて御都合主義!

 

 とにかくほんの一瞬だが、板堰の両目がくらんだらしい。おまけに性格的にせこい性質{たち}の荒生田が、この絶好のチャンスを、みすみす見逃すはずがない!

 

「今度こそ隙ありっちゃねえ! ゆっおーーっしぃーーっ!」

 

 それなりに身に付けている戦士の瞬発力と戦闘力で、荒生田の二本の木刀が、本当に隙をさらけ出した板堰の脳天を、右と左からガツガツンッッと直撃した!

 

「うぐぅっ! む、無念……」

 

 衝撃で脳震蕩を起こしたのだろうか。板堰が砂浜にバタッと、うつ伏せに倒れた。

 

「せ、先生ぇーーっ!」

 

 すぐに大介を始め、決闘を終始見つめ続けていた孝治たちは、一斉に倒れた板堰の元へと駆けつけた。

 

 だが、それよりも早く――しかも驚くべき事態が起こった。

 

「守はぁーーんっ!」

 

 剣豪が腰のベルトに装着。しかし今回の闘いで一度も使おうとしなかった魔剣――『チェリー』が、なんとひと際高い女性の声を上げ、ひとりで勝手に鞘から飛び出した。

 

 さらに剣が、空中で見事な一回転。その剣身をパッと、白いTシャツで下は短いジーンズ姿である金髪女性に変えたのだ。

 

 だけど孝治と友美は知っていた。魔剣が変身した、その西洋風の女性の顔を。

 

「うわっち! 千恵利さん!」

 

「なんや孝治っ、知っとうとや!」

 

 驚き顔で尋ねる正男に、孝治はコクリとうなずいて答えた。

 

「この前、店のお風呂で会{お}うたと! 魔神の千恵利さんっち言うてね!」

 

 友美も孝治に、調子を合わせてくれた。

 

「ええ、そうなんよ! いつも姿ば見らんっち思いよったら……ふだんは剣になって、板堰先生といっしょにおったんやねぇ✍」

 

 剣豪板堰の信じられない敗北と、金髪美女千恵利の、あまりに唐突なる出現。これらが重なったためだろう。おかげで正男を始め誰もが、『おまえら、どげな状況で風呂場で会{お}うたとや?』などと突っ込む余裕を失っていた。


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