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『剣遊記Y』

第五章 巌流島の決闘。

     (22)

 決着こそいまだに着いてはいないものの、勝負の行方は、すでに明らかな状況だった。なぜなら板堰に押されている格好の荒生田が、肩で大きく息を切らしているからだ。

 

 これではせっかくの二刀流も、まったくの意味なし。

 

 このようなサングラス戦士とは対照的。やはりここは剣豪の貫禄であろうか。試合前とほとんど変わらない平静な呼吸を、板堰は維持したままでいた。

 

 決闘当初、荒生田によって闘気をかき乱された板堰ではあった。ところがわずかな時間――それも闘いながらで、見事にそれを回復させているのだ。

 

「勝敗はもはや決まったようなもんだな☠ あのイカれた男も、これで少しは懲りるだろうて♐」

 

 荒生田の劣勢に、大門が満足気味な笑みを浮かべていた。しかし沙織は、これに少々懐疑的だった。

 

「わたし……このような闘いにはそもそも素人なんですけど……それでもまだ勝敗が着いたとは思えないんです♠ まだなにかが起こりそうな気がしてます☞」

 

「わたすもそう思うだぁ☀」

 

 泰子も沙織と同意見だった。そんな泰子の目線には、ある種の催促が含まれていた。

 

(やっぱ、もういっぺん、やるべぇ?)

 

 だが沙織は、同じように目線で泰子に返してやった。

 

(いいえ、やっぱりよすわ✄ これってなんだか、ほんとにおもしろくなってきちゃったから✌)

 

 長きに渡って親友であり続けている沙織と泰子は、言葉なしで意思を伝達し合えるほどの、ツーカーの仲なのである。

 

 おっといけない。ここにはいないが、もちろん浩子も。

 

「しかしですぞ☛」

 

 そんな沙織たちに対し、どこまでもサングラス戦士に味方をする気のない大門が、砂浜のふたり(板堰と荒生田)を右手で指差して反論した。決闘に夢中になり過ぎている衛兵隊長は、島に突然未来亭の給仕係が現われているのに、こちらにはまるで関知をしていなかった。他の者たちも同様であるが。

 

「荒生田の馬鹿者が奇跡を呼び起こそうにも、板堰殿は彦島に沈みかけているとはいえ夕焼けをバックにしておられるんですぞ☛ あれでは陽{ひ}がまぶしくて、勝負に打って出ることもできんわい☢」


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