『剣遊記Y』 第五章 巌流島の決闘。 (21) 同時刻。夕暮れになって、いつもどおりににぎわい始めた未来亭では、給仕係を束ねる由香の甲高い声が、店内中に響き渡っていた。
「はいっ! 四番テーブルにビール五本やけねぇ! それから十八番テーブルにはマンドレイクとスライムの丸焼きやけぇ!」
給仕長である熊手は、これまたいつもの自分専用カウンターに引きこもり、ガラスのコップを磨いてばかり。営業中の店内はきょうもまた、由香が一切合切を切り盛りしていた。
「ちょっとぉ! 風女……やのうて泰子さんはどこ行ったとぉ!」
その由香が、トレイを両足でつかんで店内を飛び回っている浩子を捕まえ、ドえらい剣幕でシルフの居所を尋ねた。実際今は猫の手――ならぬ、ハーピーの手――ならぬ翼と足を借りるほどの忙しさなのだ。
すぐに浩子が、面喰らった顔で尋ね返した。
「いったい、あじしたのぉ?」
由香が一気にまくし立てた。
「こげん店がちゃっちゃくちゃらにキリキリ舞いしとうとに、どこでとんぴん(筑豊弁で『ふざける』)ついとんやろっかねぇ!」
浩子が床に着地して、怒気もあらわな由香に答えた。
「あんでんねえよ☀ 泰子なら沙織から呼ばれて外出中だけんが✈ 大事なことだいねぇ、あとはお願いって言いっぺ♥」
これに由香が癇癪を起こした。
「もう! 沙織さんったらぁ! お店かて大事な仕事なんやけぇ!」
「あたしに文句言っても、あてこともねー!」
けっきょく浩子も由香に文句を垂れながら、翼を広げて仕事場に戻っていった。
「ほんなこつ沙織さんは店長の親戚なんやけ、でたん言いにくいっちゃけど、そんでも代行なら代行としての役目ば、きちんと果たしてほしかっちゃねぇ♨」
もう慣れているとはいえ、大繁忙で頭は沸騰寸前。由香は黒崎が帰ってきたら、この話をみっちり報告してやろうと、たった今固く心に決めた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |