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『剣遊記Y』

第五章 巌流島の決闘。

     (19)

 板堰、荒生田両名ともに、バシャバシャバシャッと、波打ち際での打ち合いもためらわなかった。

 

 夕陽はすでに、彦島の影へと沈みかかり、まもなく巌流島全体を、夜の帳{とばり}が支配しようとしていた。しかし勝負が始まった以上、決着はどちらかが倒れるまで続くのだ。だがここで、テントから出て孝治たちの近くまで来ていた大門が、ある様子に気づいていた。

 

「荒生田のやつめ、足元がフラついてきおったわい☠☞」

 

 ここはさすがに、衛兵隊長の眼力であろうか。大門の言うとおりで日頃の鍛え方の違いか。荒生田のほうが、やはり押され気味となっていた。

 

「もうよかっちゃよ、先輩っ! 先輩は充分にやったけ!」

 

 幼少のころからの長い付き合いで情の出た孝治は、たまらずに叫んでしまった。

 

「しゃーーしぃーーっ!」

 

 これに荒生田が、怒声で応酬してきた。

 

「オレに負けてほしかったら、あとでそれに見合うことばしてみぃっちゅうの! ゆおーーっし! 例えば今こん場で孝治っ! てめえが脱ぐっとかやなぁ♡」

 

「うわっち!」

 

 死闘という極限の場においても健在な荒生田のスケベ根性に、孝治は思わず絶句。反対に秀正などは、大きく感心したりしていた。

 

「先輩、余裕あり過ぎやん♠ あれじゃ遊んでんのか闘ってんのか、いっちょもわからんばい☠」

 

 そんな風にうなずく秀正の右横で、孝治は前言を思いっきり撤回してやった。

 

「やっぱブッ殺されたらええったぁーーいっ!」

 

「ゆおーーっし! そんでこそ孝治ばい☀♡」

 

 押され気味であるはずの荒生田が、白い前歯をキラリと光らせ、ニヤけた顔を披露した。それを見ていた友美が、ひと言疑問をつぶやいた。

 

「……考えてみれば、荒生田先輩、いつから二刀流なんか始めたっちゃろっか?」

 

「うわっち? ……そげん言うたら、そうっちゃねぇ〜〜♋」

 

 これは迂闊であったが、孝治も今になって気がついた。確かに荒生田は登場したときから、なぜか木刀を両手に二本で構え、今も二本の木刀で闘っている。ただ、この理由はのちに裕志が教えてくれたのだが、要するにこれも、宮本武蔵の二刀流を真似しただけの話らしかった。

 

「やっぱ先輩は単純っちゃねぇ☻」

 

 真相を知ったときの孝治の談。


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