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『剣遊記Y』

第五章 巌流島の決闘。

     (13)

 さらに時間は経過。

 

 もはや夕陽が西に沈む時刻も近かった。

 

 巌流島の西側には、下関市と関彦橋{かんげんきょう}で繋がる彦島があるので、水平線に陽{ひ}が沈む光景は見られなかった。だが完全に夜となってしまえば、その時点で板堰の勝利が確定する段取りとなっていた。

 

「どうやらおれも……荒生田先輩ば見限ることになりそうっちゃねぇ……☁」

 

 すでに我慢の限界間近。とうとう孝治も、先輩に対して愛想と味噌が尽き果てようとしていた。

 

「そろそろ……焚き火ば消したほうがええやろっか?」

 

 秀正(今はもう起きている)もつぶやくように言って、砂浜からゆっくりと立ち上がった。

 

「そうっちゃねぇ……☹」

 

 正男(やはりもう起きている)もいっしょになって立ち上がり、用意していたバケツに海水を汲みに行こうとした。

 

 そのときだった。

 

「見てん、孝治っ! 海ん向こうからなんか来ようばい!」

 

 孝治の左隣りの砂浜で腰を下ろしていた友美(何度も繰り返すが、やっぱり起きている)が、急に海峡の彼方を右手で指差した。

 

「うわっち?」

 

 孝治も思わず、友美が指差す先に瞳を向けた。友美は夕陽を右に眺めて指を差していた。だからその『なんか』は、南の方角から巌流島に近づいているのだ。

 

「なんねぇ、あれ?」

 

 近づいてくる『なんか』は、まだ島から遠かった。そのため孝治は瞳をしっかりと開いて、『なんか』の正体を確かめようとした。だが、砂浜にいる板堰は、孝治よりも早く、それがなにかに気づいた様子でいた。

 

「来たようじゃな☀」

 

 日没寸前になっても、板堰は不動の姿勢のままだった。その剣豪がついに、両目をカッと見開いた。

 

「あれはボートじゃ! しかも乗っちょーのは闘う男じゃ!」

 

「ほんなこつ! あれは先輩と裕志ばい!」

 

 板堰に続いて、秀正も叫んだ。ようやく孝治ぐらいのレベルの戦士でも視認ができる距離まで、その『なんか』――の乗っている木製の白いボートが接近したからだ。


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