前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記\』

第一章  岸壁の給仕係。

     (3)

 話が横道にそれ模様なので、ここで元に戻る。

 

 とにかくそんな幽霊がすぐ身近にいるものだから、顔立ちがクリソツの友美はいつも――ハラハラドキドキばしよるんばい――と、孝治相手につぶやいていた。

 

 このようなあっけらかんとした生き様――もとい逝き様に、元貴族令嬢の面影など、絶対に皆無であろう。

 

 ついでに申せばウリふたつの設定も、片方が他人に見えない状態であるから、あまり意味のあるものとはなっていないけど。

 

「日本全国漫遊けぇ……✈」

 

 その幽霊――涼子のある意味他愛ないとも言えるセリフに、孝治はなんとなく――ではあるが、憧れに近い気持ちを胸に抱き始めていた。

 

「それも良かっちゃかもねぇ〜〜♥ ここで習った経験ば活かして、あっちこっちの悪モンば退治しながら、ついでにお宝ば稼いだりしてやねぇ……ってね♡」

 

 孝治の、これもある意味前向きなつぶやきに、涼子が早速我が身(正しくは幽体)を乗り出した。

 

『そうそう、そうっちゃよ♡ あたし、生きちょったときに今孝治が言うたような英雄談の話ば思い出したっちゃ✍ 昔、どっかの納豆の国の偉か副……なんとか将軍とかいうおじいちゃんが、家来ばふたりとおまけばたくさん連れて、諸国ば漫遊しながら悪い悪代官なんかをしばく話っちゃね♡ やけん、そればあたしたちでやってみんね♡ あたしたちかてちょうど三人おるとやし、おまけはあとで募集するっちゅうことにしてやねぇ♡ まあ、そん話と違うんは、あたしたちはメンバー全員が女ん子っちゅうことっちゃねぇ♡』

 

 とたんに孝治は、座っている丸椅子から、ズッテエェェェェェェンと引っくりコケた。当然涼子は、瞳をパチクリとさせていた。

 

『あらぁ? 孝治ったら、どげんしたとぉ?』

 

 しかし友美のほうは、すでに原因もなにもかもがわかっていた。

 

「これっち涼子んせいばい☛ あんまりはっきりしたこと言うもんやけねぇ☻」

 

 それでも友美も涼子もふたりそろって、半分含み笑いでいる様子がミソだった。そんな涼子と友美が真上から覗いているところで、孝治はよっこらしょと起き上がりながら、定番である文句を垂れた。

 

「おれは男やっちゅうこつ、なんべん言うたらわかるとやぁ!」

 

『あっ、そうやったちゃね☻☺』

 

 それでも涼子は、ケラケラと笑い返してくれるだけ。もちろん知らない者が初めてお目にすれば、誰もが孝治を、(先ほども申したが)心身ともに女性だと信じて疑わないであろう。

 

 実際孝治は『心』はともかく、『身』は間違いなく女性そのもの。ただし、魔術の事故――と言えるかどうかは棚に上げる――で不本意な性転換を遂げるまでは、立派な男性であったのだけれど。

 

 変身の理由と顛末については、もう何度も繰り返しているところ。なので、ここではあえて蒸し返さないようにする。それよりも現在、孝治はいまだ心身的に非常に不安定で不具合な状態に置かれている事実だけを、ここに記しておこう。だから涼子のセリフひとつで、いつも大ゲサな反応を引き起こすのだ。

 

『ごっめぇ〜〜ん♡ つい口がすべっちゃったばぁ〜〜い♡』

 

 孝治を見事にコケさせながらも、涼子の謝り方はムチャクチャに軽くて薄っぺらだった。もともと体重が無いせい(幽霊だから当たり前)もあるが、性格のほうも本当に軽かった。そんな涼子が今でもケラケラと笑って見ている前で、孝治は埃を右手で掃いながらで、再びよっこらしょっと立ち上がった。

 

「もう、とんだ災難ちゃね♋ だいたい涼子はおれが男やっちゅうこつ、いったいいつになったら認識してくれるとや? もう付き合い、散々長いっちゃけどねぇ〜〜☢」

 

 これに涼子が口応えを返した。

 

『だって、いくら付き合いが長いっち言うたかて、あたし、孝治の性転換以前の男時代やなんち、いっちょも知らんちゃけ✄ まるで想像もできんとばい✐』

 

「まあ……それもそうっちゃけどねぇ……♠♣」

 

 孝治もふむふむとうなずいた。言われてみれば確かに、涼子と孝治・友美の出会いは、性転換のあとでの出来事なのだ。

 

「涼子かてそうっちゃけどぉ……わたし自身も近ごろじゃ孝治が男やったちゅうこと、ときどき忘れかけるときがあるっちゃよ♐」

 

「うわっち! それってほんなこつ?」

 

 孝治はひと言つぶやいた友美に振り向いた。

 

 涼子とは違って、変身以前――いやもっと昔からの付き合いであるはずの友美でさえからも、このようにささやかれる始末になろうとは。

 

 現実、男性復帰への望みが、極めて希薄なる現状下。友美は孝治に対し、あれやこれやと女の子としてのたしなみや生活の指南を教えていた。けれど、やはりそのような現況には、そーとーの無理がある――と言うものだ。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system