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『剣遊記\』

第一章  岸壁の給仕係。

     (2)

「本日もつつがなく、無事開店ってとこっちゃねぇ☀ いや、ええことばい♡」

 

 店内西側窓際のテーブルにて、現在目覚ましのコーヒーをご賞味中。未来亭に間借りをして住んでいる職業戦士――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}は、朝の慌ただしい風景を眺めながら、しみじみとつぶやいた。

 

 いつものとおり、ほぼ普段着である革製の軽装鎧を着用。腰のベルトには、愛用の中型剣を装備。それなりに勇ましい格好が、周囲の平和的な空気とは、やや異なる雰囲気を醸{かも}し出していた。また、長めの黒い髪に、つぶらな――ともいえる、丸い瞳。ついでに鎧を着ていてもよくわかる、スラリと均整の取れた体型が、真にもって麗しい感じでもあった。

 

 従ってこれならば、どこの誰が見たとしても、孝治を手だれの女性戦士だと、信じて疑わないであろう。

 

 なにも知らない、どこかの誰かが見たら――の話であるが。

 

 なお、孝治は未来亭住まいの店子{たなこ}であるから、開店前の店内へは出入り自由の身であった。だから給仕係たちのてんてこ舞いな準備の様子を、おもしろおかしく見ていられるのだ。

 

「きょうも商売繁盛♡ けっこう、けっこう♡ これやけ店長も笑いが止まらんちゃろうねぇ♡」

 

 孝治はなんとなく楽しい気分になって、今度は周囲の人たち向けにささやいた。でもって孝治のささやいている相手は、現在この場にてふたり。そのうちのひとり――孝治の隣りの部屋に住んでいる浅生友美{あそう ともみ}が、やや苦笑気味で言葉を返してきた。

 

「そげん言い方っち、なんかなし他人任せの生き方みたいやなか? もし店長がおらんごつなったとしたら、わたしたちあしたっからの生活っち、ほんなこつどげんなるっち思うっちゃね?」

 

 ちなみに友美の職業は魔術師。孝治とは未来亭に住み着く以前からの間柄。しかも魔術師でありながら、戦士のように革製の軽装鎧を着こなしている。

 

 そんな友美に、別方面から声をかける者あり。

 

『店長がおらんごつなったらぁ? まあ、よかやない♡ あたしたち三人で日本のあちこちば、のんびり漫遊ってのも悪くなかぁ〜〜っち思うっちゃよ♡』

 

 このように楽しげにしゃしゃり出た声は、同じテーブルに座っている孝治と友美以外には聞こえない音声だった。なぜなら声の発信源が、幽霊であるからだ。

 

 見た目の雰囲気からもだいたいの察しが付くように(付くわけないか)、幽霊は孝治・友美と同世代だった女の子。おまけに無理矢理補足説明をしておくが、顔立ちから容姿までが友美とウリふたつなのである。これは巷によくある(これもあまり無いが)、他人の空似だろうと思われるのだが。

 

 とにかく幽霊の名前は曽根涼子{そね りょうこ}。これでも生前は、貴族のお嬢様。彼女は自分が若くして逝ったあと、幽霊となって自分自身が描かれている肖像画に取り憑き、その絵を未来亭が買い取った縁で孝治と友美の仲間へと、ほとんど強引な展開で参入を果たしていた。

 

 ちなみに(『ちなみに』ばっかし多用してるけど)先ほど、『これでも』と表現した理由であるが、一応説明をしておこう。涼子は自分が死んで幽霊になった身の上を幸い(不謹慎)――さらに付け加えれば、自分の姿を孝治と友美にしか見せないことまでも幸いのタネにして、いつも真っ裸の格好で世の中を徘徊中。それこそあられもない生まれたまんま(幽霊なので、かなり矛盾している表現法)の姿でもって。

 

 ここでまた余談であるが、孝治も友美も涼子が幽霊であり、またいつも裸でいる状況に、とっくの昔、慣れっことなっていた。まあ、実際にいくら注意を繰り返してもまったく聞いてくれないものだから、もはや半分――いやいや百パーセントあきらめている――と言い直して良いのかもしれないけど。


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