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『剣遊記\』

第一章  岸壁の給仕係。

     (1)

「……以上にて、本日の朝礼は終わりだがね。各自、それぞれの持ち場に着くように」

 

「はぁ〜〜い♡」

 

 店長黒崎健二{くろさき けんじ}氏による短い訓示と通達が終了。一枝由香{いちえだ ゆか}たち給仕係の面々が、酒場だの厨房だのといった、各々自分の担当配置へと散っていく。

 

「さあさあ、みんな! きょうもお客さんよんにゅうーか(佐賀弁で『たくさん多い』)やけ☀ がばい頑張ってやぁ♡」

 

 店長秘書でピクシー{小妖精}の光明勝美{こうみょう かつみ}が、背中から伸びている半透明アゲハチョウ型の羽根をパタつかせ、店内を飛び回りながら大きな声で、手をパンパンと打っていた。その下では、未来亭の早朝開店準備がふだんどおりのテキパキさで、滞{とどこお}りなく着々と進んでいた。

 

 これも従業員全員が、なかばベテラン化しているおかげ。その付近のお手並みは、実に見事な腕前だった。

 

 また、給仕長の熊手尚之{くまで なおゆき}氏など、給仕係たちが目覚める前から、とっくに指定席であるカウンターに陣取り、いつもの定番となっている、ガラスコップ磨きに精を出していた。さらに両開きの正面出入り口扉の外側では、すでに何十人もの常連客たちが、ズラリ行列をつくって開店を待ち続けてもいた。

 

 ここ未来亭は、九州最北部の港湾都市――北九州市でも指折りの酒場兼宿屋。建物の規模も市内で最も高い木造四階建てであり、港が貿易で栄えている地の利もあって、店は朝から深夜に到るまで、国内外からの船乗りでにぎわうのだ。


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